器の欠けた部分を補修する「金継(きんつぎ)」は「もったいない」に象徴されるように、モノを大切にしてきた僕らの伝統である。お隣の中国の器は、ちょっとニュウが入っただけで、価値が激減するのに反し、わが国ではとくに茶道の名碗などは、割れた焼きものを苦にすることなく、いや、かえって割れたことや、その経緯を楽しむと言ったら言い過ぎであろうか。割れたことにより茶人らは、独自に創造し、金で継いだりして後世に伝える。オリジナルな美意識が慣習になっている。

例えば、「筒井筒」という銘の井戸の名碗がある。太閤秀吉が大切にしていたそれを、あるとき小性(こしょう)が粗相をして割ってしまった。本来ならその場で手打ち、という場面に家来の細川幽斎が、「つつ井筒五つにかけし井戸茶碗とがをば我に負ひにけらしな」と伊勢物語在原業平の有名な歌をもじってとりなしたという。その後、利休が修理しいまに伝わっているのは、伝説が一役かった事と、破損してもなおも美しい器物を生かしてみせることが茶道の精神だった。なにもこれに限った事ではなく、名碗の展覧会に足を運べば一目瞭然、補修していない完品のもののほうが圧倒的に少ないのである。余談だが、モノにニックネームを付けると言うのも、愛玩すればこそ、沢山継いだことを自慢?して「五十三次」なんて付けられた茶碗もある。

もちろん、茶碗等の道具は破損しないほうがいいことは言うまでもない。だが、「使う」ために生まれた道具を、箱に仕舞ったままでは本末転倒である。不幸にして欠けたりしても、蒔絵を施したり、大胆な金繕いをひとつの「景色」とすることで、より一層美しくみせようと工夫を凝らすのだ。

茶人をはじめとする数寄者の好奇心は、壊れた破片にまで及ぶ。見逃し難きチャーミングな絵付けや、かりっとよく焼けた窯跡などから出土した陶片を丹念に集め、ひとつの完成品に仕上げたりする。これを「よびつぎ」といい、元々植物の寄せ木の一方法である「寄せ接ぎ」から出た焼きもの修復の一方法であるのだが、「よびつぎ」は、単に破損し欠落した部分を、漆や金で補うのでなく、よく似た窯の陶片を探し出し、欠落した部分をジクソーパズルのように、形をあわせて補うのである。

白洲信哉
荒川豊蔵資料館 所蔵
「織部呼継茶碗(おりべよびつぎぢゃわん)」/制作年代:桃山時代/制作者:不明/元屋敷古窯出土片で継ぐ

(上の)写真の茶碗は、人間国宝で陶芸家の荒川豊蔵氏が創作した茶碗である。白洲正子が荒川氏の自宅に、お茶の接待にあずかったさいこれをだされて「はじめはよびつぎであるとは気がつかなかった」ほどに、しっくりと口当たりのいい茶碗に仕上がっている。写真ではわかりにくいが、ひとつひとつの模様や素地の色も違っており、心憎いばかりの演出である。本作は美濃古窯元屋敷窯から出土した九種類もの織部をつかって継いだもの、荒川氏はかの北大路魯山人の援助もあり、美濃古窯発掘に精力的に関わっていた。作陶のかたわら研究のために、自分の窯を築いた大萱をはじめ、美濃の陶片を丹念に拾い集めたのであろう。

荒川 豊蔵資料館,白洲信哉
荒川 豊蔵資料館
岐阜県可児(かに)市にある荒川豊蔵資料館のパンフレット。陶芸家であり、志野・瀬戸黒で国の重要無形文化財保持者に認定された故・荒川豊蔵氏の作品やコレクションを公開しています。

次に紹介するのは、やや大振りの織部沢瀉文徳利である。多くは窯跡からの発掘品で、ほとんどのモノが頭部を継いでいる。さきの茶碗同様、連房式登り窯が導入され、量産された元屋敷産であるが、よくみると本作は頸だけでなく、底部もよびつぎしている。沢瀉の文様がうまくあうように継いであり、酒をいれても漏れる事なく誠に都合が良い。

白洲信哉
白洲信哉
「織部葦沢瀉文徳利(おりべあしにおもだかもんとくり)」/制作年代:江戸時代(17世紀)/水平に開いた口の縁を少し立ち上げ、頸を錘状に開いて円筒形の胴の裾を面取りする形は、江戸前期に美濃で流行した器形。頸(くび)に補修があります。

先に記した魯山人の箱書があり、想像を膨らませれば荒川氏が、援助の返礼にと創作したのであろうか? 緑釉の発色がいい部分を生かそうと、大層な時間をかけて継いだのであろう。荒川氏は他にも志野の陶片でよびつぎした筒茶碗の制作にも協力していたし、古いモノとの付き合う時間からヒントを得て、作陶に励んだのである。学ぶとは真似ぶ、ことでこうした日々の経験を積むこと以外に、観る力を養うことは出来ないと思う。現代は少しせっかちだ。


shinyashirasu
写真提供:白洲信哉

白洲信哉

1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。近著は、『美を見極める力』(2019年12月 光文社新書刊)。