新型コロナウイルスが世界的に流行している。ワクチンの一日も早い開発が待たれるが、そうした積極的な対処は明治以降近代になってからのことで、昔の人は神仏に、ひたすら疫病退散を祈るしか方法がなかった。疫病退散のご利益があるという江戸時代半人半魚の妖怪「アマビヱ」が、SNSで再び脚光を浴びているのも、我々の長い歴史の繰り返しなのである。

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所蔵:京都大学附属図書館
半人半魚の妖怪「アマビエ」。光輝く姿で海中から現れ、豊作や疫病などの予言をすると伝えられています。そんな中、「疫病」から人々を守ることで注目され、2月末頃からじわじわとSNSなどネット上で話題になっています。

 『日本書紀』には、「崇神天皇の五年、国中に疫病が蔓延し、死者は国民の半数に及んだ」と疫病流行の初出がある。この原因が大物主の祟(たた)りだったとされ、きちんと祀れば治まるとのお告げがあった。大物主の「モノ」とは、物の怪であり、生命を脅かす目に見えない悪霊、つまり今の(新型)コロナウイルスだった。「モノ」は邪悪なカミ「鬼」であるとも考えられ、二月の節分の豆まき「追儺」は、疫病に対する恐怖心から生まれたものだ。

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『末法/Apocalypse-失われた夢石庵コレクションを求めて-』図録P.107より
2017年10月17日(火)~12月24日(日)に、京都・細見美術館で開催された展覧会『末法 / Apocalypse-失われた夢石庵コレクションを求めて-』に出展された牛頭天王坐像(平安時代)。インド祇園精舎の守護神と言われ、京都祇園社(八坂神社)の祭神。神体はスサノウ。疫病を防ぐ神であり、薬師如来を本地仏として全国の八坂神社・祇園神社・津島神社で祭られています。

 ちなみに正月に「屠蘇」を飲むのも、鬼を屠(ほふ)る、つまり病を殺す薬で、来月の端午の節句も然り、ショウブやヨモギを門に吊るすなどして邪気を払う行事が、祭りへと発展していく。京都の祇園祭も疫病を流行させる行疫神・牛頭天王を鎮める祭りとして始まった。

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写真提供:森本 公穣 @東大寺
お釈迦さまの誕生日である4月8日、 東大寺は仏生会 として「お花まつり」を執り行っています。その日は大仏殿に花御堂で飾られた「誕生釈迦仏像」を安置し、8時から法要を行います。そして法要後に参拝者はお参りができるようになり、ひしゃくで甘茶を注ぎます。

 今日これを書いているのは4月8日、お釈迦様の誕生日である。寺の境内には花見堂が設営され、釈迦誕生を祝う花祭りは、灌仏会、仏生会、龍華会等と呼ばれ、仏教では最も親しみある年中行事の一つである。

 右手を高々と上げ、左手はまっすぐ地を指す独特な仏形である「誕生仏」は、釈迦牟尼が摩耶夫人の右脇から生まれた直後、七歩歩いた後右手を上げ天を指し、「天上天下唯我独尊」と唱えた伝説に基づいている。参拝者は、灌仏盤(通称「タライ」と呼ばれる)中央に安置されたそれに、竹の柄杓で甘茶を注ぎ、釈迦のお誕生日を祝うのだ。 

 ちなみに甘茶を注ぐことについては、竜王がお釈迦様の誕生を祝って甘露の雨を降らせたという故事などにちなんだもの。人々は甘茶を持ち帰りそれで墨をすって、「千早ぶる卯月八日は吉日よ 神さけ虫を成敗ぞする」と紙に書き、戸口に貼る等して虫除けを祈ったのだ。

 さきの節分然りこうした年中行事を今こそ見直したいと思う。写真の東大寺をはじめ疫病退散の祈りを捧げている寺社も多くあるが、ある寺では緊急事態宣言の自粛要請に協力するかたちで、行事そのものが中止になったと聞く。不安や恐怖に対して、医療が発達した現代でも、祈る行為以外の方法はなく、宗教施設自ら放棄するとは残念なことである。

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Aflo
奈良県桜井市にある、大和国一之宮 三輪明神 大神神社(おおみわじんじゃ)の大鳥居。本殿は設けず、「三ツ鳥居を通して三輪山を拝する」という原初の神祀りの様を伝える、我が国最古の神社のひとつ。高さ32.2メートル、柱間23メートルの偉容を誇る大鳥居を前に観る三輪山の風景は感極まることでしょう。

 ウイルスとの戦争、と声高に威勢はいいが、僕は人類への警鐘と昨今の気象変化同様に受け取っている。昔の人々は「天を怒らせたのか」と畏怖した心持ちは大切なことで、年中行事を見直すことで、日々の日常の生活習慣がいかに大切かの気づきになると思う。

 大物主も一方では、大和の国霊三輪山をご神体であり、農耕、豊穣に酒造りのカミとしても親しまれている。アラミタマとニギミタマの二面性、神々のもつ多様性に、コロナ後の生きるヒントがあるような気がしている。


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写真提供:白洲信哉

白洲信哉

1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。近著は、『美を見極める力』(2019年12月 光文社新書刊)。