一年の半分が過ぎ夏真っ盛り。三年ぶりに海の家も完全復活した。三寒四温の春が過ぎ、最も爽やかな季節のはずの5月は曇りがち、コロナ禍のマスク生活もところどころに引きずって、すっきりしないまま入梅にした。

先人たちはこれから迎える夏への備えに、例えば6月1日の衣替えのような習慣を取り入れ、江戸時代のそれは年4回にも及んだという。同時に住居にも「涼」を演出するため、直射日光を遮断する簾を(すだれ)掛けたり、畳の上には御座を敷き、障子戸は葦簾戸(よしずど)に入れ替えたり、夏に備えさまざまな工夫がなされた。

だが、そもそも暮らしの慣習は農耕の発達以来「定住」を前提にしてきたが、明治以降生活スタイルの西洋化に合わせ合理的なことになっていく。昨今では通信技術の発達により、リモートワークや遠隔のコミュニケーションを可能とし、どこにいても仕事ができる時代になったように思う。

今回のテーマ「避暑」とは読んで字のごとく暑さから逃れるため、居住地を一定期間変えることをいう。夏の過ごし方は、民族によっても定義はさまざまと思うが、我々の特に夏休みのとり方は、まだまだ後進国。あちらの言葉に例えると、未だバカンスではなくホリデイだと思う。

木漏れ日
写真提供:白洲信哉

以前英国に暮らしていたとき、イースター休暇の時分から夏は何処へ行き過ごすかと真剣に考え、老いも若きも楽しそうに話すのを何度も耳にした。夏が短く冬が長い英国では、太陽を求めて南へ移動する。大きなキャンピングカーを引き、溢れんばかりの荷物を積んだ多くの車が地中海方面を目指すのである。ビジネスでも「8月は休暇で1カ月いない」と堂々としたものだ。とくにラテン系のフランスやイタリア人から休暇を取り上げたら暴動だって起こりかねないと僕は思う。

コロナ禍で生活スタイルに変化があるかと期待はしているものの、先の5月の連休やこれから迎える夏のお盆に行楽のピークをくるようになって久しい。余暇に対する考え方の違いなのかもしれないが、欧米では期間が長いこともあり、プールサイドで寝転んだり、一日読書をしたりと個々がゆったり気ままに過ごしている。我々は短い休暇を満喫しようと、あっちこっち集団で移動しどこも人で溢れる。

浅間山
写真提供:白洲信哉
噴煙を上げる浅間山

わが国では明治になって、外国人のための長期滞在の避暑地が開発された。「山の軽井沢、湖の野尻湖、海の高山」と称され外国人の三大避暑地となっていく。

中でも僕にとって幼少から夏の定番だった軽井沢は独自の発展を遂げ、僕が育った鎌倉と違って湿気も少なく、山の清冽な空気は喘息もちにとり転地療養にもなって快適だった。蛇口をひねれば水は冷たく美味いし、樹や腐葉土の香りに、とれたての玉蜀黍(とうもろこし)や高原野菜など旬のものを中心に、何よりは時間の経つリズムも全てが異次元、現世の感じがしないと言ったら言い過ぎであろうか。

8月半ば頃から空にはイワシ雲が流れ、早くもススキの穂が重く垂れ風にそよぐ。高原のもともと何もないところに外国人たちが格好の避暑地を造り上げ、そこに日本人たちが混ざって特異な街を生み出したのである。ただ、夏でも朝夜はひんやりと冷える日もあるので、暖炉にくべられる薪の火や音、そしてその匂いもたまらなく好きだった。

旧白洲邸
写真提供:白洲信哉
軽井沢旧白洲邸(2021年撮影)

昨今の軽井沢は避暑地というより、交通の便も手伝って先のリモートワークや定住する方も増加しているし、週末限定の2拠点生活を始めた方も多いと聞く。近代生活は、夏にフル回転するエアコンのように、文明の利器によりこちら側が暮らしの環境をコントロールすることで発展してきたが、本気で持続可能な社会の実現に取り組むのであれば、個々が移動することにより自然環境に順応していくことこそが肝要だと思う。

僕は一昨年思い出の軽井沢の地に、縁あって小さな山荘を譲って貰った。まずは月に一度通ってみることから始め、この夏は少し長期の滞在予定だ。祖母は夏の終わりとともに帰京する祖父と入れ替わり、秋の軽井沢を満喫していたが、僕も夏のピークは避け都会を中心としながらも海辺、そして山と3拠点を移動する暮らしの中から、より快適なライフスタイルを探りつつ、土地土地に根付いた「発見」を楽しみにしている。


白洲信哉
写真提供:白洲信哉

白洲信哉

1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。近著は、『美を見極める力』(2019年12月 光文社新書刊)。