食欲の秋、とか読書の秋に芸術の秋など、長く残暑だった今年ほど「秋の夜長」を待ち侘(わ)びたことはなかった。現に真夏日日数や最高の平均気温などの数字が物語っているし、地球の「温暖化」はもはや通り越し「熱帯化」だと強く感じた長期の暑さだった。

仲秋の月見(先月29日)は例年通り鎌倉山の上(13話参照)で賑やかな酒盛りだったが、残暑の効用で朝方まで半袖のいい感じであった。毎年感じることだが、月の出を待つワクワク感から話しの合間にふと見上げそれを確認すれば、同じ様に皆が空を見上げる。「日本人同士でなければ、安易に通じ難い、自然の感じ方」「意識出来ぬものの感じ方は安易に変わらない」と年を重ねてやっと合点出来たと小林は記しているが、僕もその年齢に近付いてきて実感したひと夜だった。

さて、前回73話「東下り」に引き続き芸術の秋を満喫している。あの後「京都・南山城の仏像」(東京国立博物館〜11月12日<日>まで)にも足を延ばす予定ではあったが、渋谷近辺ゲリラ豪雨で諦めたのである。だが、都会のアドバンテージ、特に東京の美術展覧会企画は充実しており、居ながらにして世界各地や日本のそれも東京には確率高く巡回してくる。はじめに触れる「⽣誕120年 棟⽅志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」展も疎開先だった富山県を皮切りに生まれ故郷の青森を巡回し、締めくくりが東京なのである。

棟方志功展
写真提供:白洲信哉

会場を入ると「わだばゴッホになる」と棟方が画家を志すきっかけとなった雑誌『白樺』掲載のゴッホ《向日葵》や二十歳の頃描いた油絵など掛かっていた。有名なそのキャッチフレーズも本人の言葉でなく、盟友だった草野心平が残した詩の題名だったと知る。

観音経曼荼羅
写真提供:白洲信哉
「観音経曼荼羅」(22) 日本民藝館 所蔵

周年企画展のお得なところは、個人作家の生涯が年代順に分かり易く展覧されていることだが、折々の人との出会いや土地土地に時代の空気感が、いかに作家活動に影響を及ぼしたことがよく飲み込めた。例えば民藝運動の創設者 柳宗悦の指導を受け、最初の宗教画モチーフになった華厳譜(作品番号:19)を改刻したり、棟方板画の特色である裏彩色を初めて本格的に取り入れた観音経曼荼羅(作品番号:22)のように随所で柳の指導を直接受けた。柳は、基督の柵(作品番号:32, 33, 34)や書(作品番号:38)にも高い評価を与え、特別な表装を施し日本民藝館初期の所蔵に加えている。

基督の柵
写真提供:白洲信哉
「基督の柵」(32,33,34) 日本民藝館 所蔵

同じく民藝の理解者だった倉敷大原美術館の大原總(そう)一郎とのやり取りから生まれたベートーヴェン交響曲「運命」をテーマとした運命頌(しょう)(作品番号:52)や歓喜頌(作品番号:53)に故郷青森県知事室に飾られた鷺畷(さぎなわて)の柵(作品番号:73)などの大作など一見作風は多岐にわたってはいるが、根底には一種の「狂気」が即興の美を創造したのだと僕には思えてきた。自己演出に長けた作家、と解説にも言及していたが、世間とうまく付き合いながら、多面的に付き合っていたように見えただけで、結局は本能の趣くままの「自己発見」に基づく表現の結果だったのではないだろうか。

運命頌, 歓喜頌
写真提供:白洲信哉
手前「運命頌」(52) 南砺市立福光美術館 所蔵、奥「歓喜頌」(53) 棟方志功記念館 所蔵
鷺畷の柵
写真提供:白洲信哉
「鷺畷の柵」(73) 青森県立美術館 所蔵

棟方の身振りや叫び聲(さけびごえ)や流れる汗を見ていると、獣のような趣きがある(中略)此の詩人を獣に譬(たと)えたのは正しい。吾々(われわれ)の間では棟方を「熊の子」と呼んでいる(柳宗悦 棟方のこと)

身振りと言う以上に精神そのものが縄文的野生児で、野獣の魂と人間のそれとを入れ替えできる、東北の大地に密着した狩猟民の末裔だったのではないかと僕には思えてきたのである。

京都・南山城の仏像
写真提供:白洲信哉

続いて先の見損なった特別展「京都・南山城の仏像」と特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」に足を運んだ。日本美術の面白さ、奥深さは先の縄文的な荒々しさと対極にある繊細な、美の幅が非常に広いことだと思う。

東京国立博物館 平成館では、周知の通り非常に大規模な企画展が数多く開かれているので、好きな分野の作品を一カ所で展覧出来るのは嬉しい。ただ、名品揃いでまた大抵は混雑しているので、すべてを隈なくというより会場をまずは一周して、気に入った作品を集中して観ることを僕はお薦めしたい。確かに知識の蓄積はそれなりに大事なことではあるが、美術史的な視点から離れ、好き嫌いでいいのだとつくづく思う。僕的には掛け軸の断簡などの小品(作品番号:44, 136, 158、※136の住吉物語絵巻断簡は10月22日<日>で展示終了、44の国宝 扇面法華経冊子と158の平治物語絵巻断簡 六波羅合戦巻は11月5日<日>まで展示)に魅かれることが多く、名品だからまた国宝だから感動するわけではない。

扇面法華経冊子
写真提供:白洲信哉
国宝「扇面法華経冊子 巻第七」平安時代・12世紀 大阪・四天王寺蔵(44、※写真の「巻第七」は展示終了、10月24日<火>から11月5日<日>までは「観普賢経」を展示)
断簡2
写真提供:白洲信哉
「住吉物語絵巻断簡」鎌倉時代・14世紀(136、※10月22日<日>で展示終了)

対して東京国立博物館本館特別5室では、小規模ながら折々に見応えある特別展が開かれている。今回のように一地域の仏像展で得るものがあれば、一つのきっかけとして是非現地に足を運んで欲しいと思う。無論すべてが拝観可能というわけではないが、白洲正子展以来の海住山寺や禅定寺の十一面観音菩薩立像(作品番号:1, 4)に、初見の松尾神社牛頭天王坐像(作品番号:16)のような小品にも心動かせられた。

芸術の秋もすでに腹いっぱいの感ではあるが、帰り道国立西洋美術館で開かれているパリ・ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センターの「キュビスム展 美の革命」にも立ち寄った。先に述べたようにわが国美術の幅の広さだけでなく、居ながらにして世界の美術館からその美が運ばれてくるのである。僕はあまりキュビズム作品に反応するものは少ないが、僕らは何と恵まれている事であろうか。今月初めまで六本木の国立新美術館では「テート美術館展」(今月末26日〜大阪中之島美術館へ巡回)が開かれていて、かのターナーや僕の好きなマーク・ロスコにゲルハルト・リヒターなど見応えある作品の数々だった。

にも関わらず何度か申し上げているので繰り返さないが、会場で見かける男性の割合は低い。せめて学生以下は無料にするべきでないだろうか? それに比例しているのか? 国のかける文化予算の貧弱なこと、遠くない将来その保存修理のみならず美の未来を展望する人は枯渇すると思う。

そろそろ総花的ではなく長期の視点でこれまで築いてきた「美」をどうするべきか? これからどうあるべきか? 僕らに残された時間は少ない。時既に遅いかもしれないが、秋の休日今回紹介したような展覧に一人でも多くの男性諸君が足を運び、少しでもわが身の事として考えるきっかけになれば嬉しい。後世に残せるものは「文化」だけなのである。

◇展覧会「⽣誕120年 棟⽅志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」の案内
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
会期:
2023年10月6日(金)~12月3日(日)
開館時間:10:00~17:00(金・土曜日は20:00まで)
     ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
観覧料:一般:1800(1600)円 
    大学生:1200(1000)円 
    高校生:700(500)円
    ※いずれも消費税込。
    ※()内は20名以上の団体料金。
    ※中学生以下、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。それぞれ入館の際、学生証等の年齢のわかるもの、障害者手帳等をご提示ください。
    ※キャンパスメンバーズ加入校の学生・教職員は割引料金。入館の際、学生証・職員証をご提示ください。
    ※本展の観覧料で入館当日に限り、同時開催の所蔵作品展「MOMATコレクション」もご覧いただけます。
TEL:
050-5541-8600 (ハローダイヤル)
公式サイト

展覧会「特別展 『やまと絵 受け継がれる王朝の美』」の案内
会場:東京国立博物館 平成館
会期:
2023年10月11日(水)~12月3日(日)
   ※会期中、一部作品の展示替えおよび巻替えがあります。
開館時間:9:30~17:00(金・土曜日は20:00まで開館)
     ※最終入場は閉館の60分前まで
     ※総合文化展は17:00閉館。ただし11月3日(金・祝)より、金・土曜日は19:00閉館
休館日:月曜日
    ※ただし本展のみ11月27日(月)は開館
観覧料:一般:2100円 
    大学生:1300円 
    高校生:900円
※土・日・祝日のみ事前予約制(日時指定)
    ※以下のお客様も、土・日・祝日は日時指定予約(無料)をお願いします。
     ・ 中学生以下の方 (未就学児を含む)
     ・無料観覧券をお持ちの方
     ・東京国立博物館友の会の特別展観覧券をお持ちの方
     ・その他特別展をご覧いただける各種会員カード等をお持ちの方
      ※ご来館の際、お手持ちのチケットまたは会員証等に加え、予約した「日時指定券」をご準備ください 。
TEL:050-5541-8600 (ハローダイヤル)
公式サイト

◇展覧会「浄瑠璃寺九体阿弥陀修理完成記念 特別展『京都・南山城の仏像』」の案内
会場:東京国立博物館(東京・上野公園) 本館特別5室
会期:
2023年9月16日(土)~11月12日(日)
開館時間:9:30~17:00
     ※入館は閉館の30分前まで
     ※11月3日(金・祝)、4日(土)、10日(金)、11日(土)は開館時間を19時まで延長
休館日:月曜日
観覧料:一般:1500円 
    大学生:800円 
    高校生:500円
    ※ 中学生以下無料。
    ※障がい者手帳をご提示の方とその付添者1名は無料。
    ※学生の方は入場の際、学生証をご提示ください。
TEL:050-5541-8600 (ハローダイヤル)
公式サイト


白洲信哉
写真提供:白洲信哉

白洲信哉

1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。近著は、『美を見極める力』(2019年12月 光文社新書刊)。