東日本大震災から10年
今もなお残る地震発生リスク

――東日本大震災から10年となりますが、2月13日には福島県沖でマグニチュード7.3の地震が発生しました。この地震の発生要因についてどうみていますか。

 今回の福島県沖地震の発生には、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)後に起こった変化が影響していると考えています。

 東北地方においては陸側のプレートの下に、海側から太平洋プレートが沈み込んでいます。10年前の巨大地震は、このプレート同士の境界面が大きくずれ動いたことで起こりました。

 一方で、今回の福島県沖地震は沈み込んでいる太平洋プレートの内部が、地下の非常に深いところで割れたことが直接の原因とみられています。なぜ割れたかというと、プレートに対してほぼ東西方向に強い力がかかっていたからです。そして、この強い力がかかっていた背景に、3.11の巨大地震による影響があります。

 東京大学地震研究所では、橋間昭徳特任助教を中心に、東北地方太平洋沖地震に伴う力のかかり方の変化の数値実験を行っています。この結果、福島沖地震の震源域周辺では3.11発生直後よりも、10年後の今のほうが太平洋プレート内部にかかっている力はむしろ大きくなっていることが分かっています。

東京大学,地震研究所
東京大学地震研究所提供

 3.11の巨大地震によってプレート境界の浅い部分では大きくずれ動いて、ひずみを解消しました。しかし、より深い領域においては陸側のプレートでは伸張性の、太平洋プレートでは圧縮性の力がかかった状態が続きました。分かりやすくいえば、プレート内部に力がこもっている状態が続いてしまっているのです。

 加えて、特定領域にかかる力はむしろ強まっているともいえます。岩石は水あめのような性質を持っていて、ずれの力がかかると時間とともに流れてしまいます。その結果、流れにくい一部の領域に局所的にますます力がかかるのです。

 これは何を意味するかというと、プレートが割れやすい場所はまだまだあるということ。今回の福島県沖地震と類似するような地震は、今後も発生するリスクがあるといえます。

――10年が経過した今もなお、巨大地震の影響が続いているのですね。

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Diamond
佐藤比呂志/東京大学地震研究所・地震予知研究センター教授。1955年、宮城県生まれ。東北大学大学院理学研究科卒、茨城大学理学部助手などを経て、2004年より現職。専門は構造地質学、アクティブテクトニクス、探査地震学。地震とプレート境界地震の相互作用についての研究を行っている。地震調査研究推進本部・地震調査委員会活断層分科会委員、地震予知連絡会委員などを歴任。

 東北沖の超巨大地震は500年くらいの時間間隔で起きています。年月を経て影響はもちろん少なくなりますが、10~20年はまだ継続するとみるのが妥当です。

 また、3.11の巨大地震は太平洋プレートへの力のかかり方だけでなく、東北地方の地殻変動にも影響を及ぼしています。

 2011年の地震発生前は、東北地方では西向きの地殻変動が記録されていました。これが3.11の地震によって、跳ね上がるような動きとともに東向きに変わりました。この東向きの動きは、大きさとしてはずいぶん小さくなりましたが、今も変わらず続いています。

 はっきりといえるのは、超巨大地震の影響はまだ続いていて、それは地殻変動に表れているということ。地殻変動が起きていれば、地震も起きます。

 今回の地震は震源が地下深くだったので、津波が起こる心配はありませんでした。ただ浅いところでプレートが割れる可能性も否定できません。その場合、海底で地殻変動を起こし、津波を発生させるリスクがあります。

 東日本沖には水深8000メートルを超える日本海溝があります。地殻変動が起こる場所によっては巨大な水の柱を動かすことになり、大きな津波を発生させる可能性があるのです。

 日本海溝の周りには、発生した津波を水圧の変化として観測できる装置が展開されていて、今は襲来する津波の大きさを早い段階で予測することができます。迅速に避難すれば多数の死者を出すことはないと思いますが、一方で住宅や地域への被害は避けられないといえます。

南海トラフ巨大地震発生前の
「内陸部」が危険な理由とは

――今後想定される大地震としては、南海トラフ地震の発生が長年懸念されています。現時点で発生の予兆は生じているのでしょうか。

 南海トラフ地震は、西南日本の陸側のプレートとその下に沈み込んでいる海側のフィリピン海プレートの境界面における大きなすべりが原因で起こります。このフィリピン海プレートと陸側のプレートは強く固着しているため、陸側のプレートの境界面がフィリピン海プレートの沈み込む動きに引きずられる形で移動していまるのです。そして、このプレートの境界面が固着状態に耐えられなくなったとき、南海トラフ地震は発生するというわけです。東北地方太平洋沖地震も、同じようにプレート境界面の固着状態が限界に達したことが原因で発生しました。

 この境界面の固着状態に表れる変化が、巨大地震発生前のSOSサインの一つと考えるのであれば、南海トラフにおけるプレート境界面の固着状態に大きな変化はありません。まだ強く固着している状態だといえます。

 ただ、強く固着しているからといって、リスクが小さいということではありません。プレート境界での固着状況が継続していくと、陸側のプレートに力がかかった状態になり、内陸地震が発生しやすくなります。

――太平洋沿岸部ではなく、内陸部ですか。

 先ほど申し上げた通り、プレート同士は強く固着し、陸のプレートが引きずりこまれてその周辺には強い力がかかっています。この影響を受けて、内陸部で地震が発生するリスクがあるのです。

 東北地方では通常10年に一度レベルのマグニチュード7規模の地震が、03年ごろから08年の岩手・宮城内陸地震まで、頻繁に発生しました。

 そもそも、南海トラフ沿いの巨大地震の発生前後には、沈み込まれている陸側のプレート内でマグニチュード7クラスの地震が多く発生する傾向があることが歴史的にも分かっています。加えて、近畿地方など西南日本にはたくさんの活断層があります。プレート境界面での強い固着によって発生する強い力が活断層に影響して、内陸地震が発生しやすい状況になっていきます。実際、1944(昭和19)年と46(昭和21)年の南海トラフ地震のときには鳥取県や京都府北丹後地方で大きな地震が起こり、死者も多数出ています。

 南海トラフはいつ来ても、おかしくないといわれています。が、それと同等もしくはそれ以上に、「西南日本の内陸地震」も大きなリスクをはらんでいるのです。

 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)のケースもそうですが、震源が浅い内陸地震が起こると怖いのは、一気に大きな揺れが来ることです。当たり前のことではありますが、家具を固定するなど、改めて基本的な対策に取り組まれることをおすすめします。

30メートル大津波の最悪シナリオよりも
“群れで来る”誘発地震が現実的

――南海トラフ地震が起こった場合、巨大津波の発生も予想されています。

 南海トラフ地震では、五つの領域でほぼ同時にプレートが割れたり滑ったりして地震が発生し、沿岸部には30メートルの津波が押し寄せるともいわれています。ただ、これは予想を上回る被害をもたらした東日本大震災の教訓も踏まえた最悪シナリオ。もちろん可能性はゼロではないですが、実現する確率は極めて低いといえます。

 それよりも可能性が高いのは、南海トラフ沿いのそれぞれの領域で独立して地震が発生すること。そして、その影響を受けて数時間後、数日後、あるいは数年後にトラフ沿いの別の領域で地震を起こすというシナリオです。プレート境界だけでなく、陸側プレート内部でも地震が起こりやすくなります。昭和の南海トラフ地震では、地震発生から1カ月後に愛知県三河地方で大きな地震が起こりました。これは、南海トラフ地震の影響を受けて起こった地震だと考えられています。

 南海トラフのような巨大地震が起こるときに怖いのは、巨大地震に至るまでに、内陸地震の発生しやすい状況が継続することと、巨大地震の直後から数カ月、場合によっては数年後まであちこちで誘発地震が起こることです。地震は“群れで来る”のです。

 ある領域で巨大地震が発生した後、周辺にどのような力がかかるかは、予測することができます。周辺にどのような形状の震源断層が分布しているかが分かれば、その断層が動きやすいかどうかは数値実験によって予測することが可能です。一方で、平野の下にはまだ十分に明らかになっていない隠れた断層(伏在活断層)も多くあります。そうした断層が動いて地震が発生したときには、大変な被害を発生させる危険性があります。

 巨大地震の後にどこが危ないのか、注意を呼び掛けられるような状態にしていくことが大切です。幸い観測上はまだすぐに南海トラフ地震が発生するリスクは低いといえるので、「巨大地震の前後に発生する地震」のリスクとは何か、もう少し精細な調査を行うことが可能であり、それが極めて重要だと考えています。

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