2021年の春、ロックバンドの「ザ・ブラック・キーズ」のドラマーでゴルフ好きのパトリック・カーニーは、創造的なパフォーマンス「ショックロック」の生みの親であるアメリカの元祖ビジュアル系ミュージシャンであるアリス・クーパーと一緒にゴルフを楽しんだそうです。

 「彼は素晴らしいゴルファーです」と、カーニーは話します。73歳のクーパーにとって昨2020年の夏は60年代半ば以来の夏休みだったそうで、「とても楽しんでいた」と言います。「私は希望の兆しについて考えるのが好きです」とカーニー(41歳)は、新型コロナウイルス感染症の大流行で止まってしまった業界について話します。「ミュージシャンであることは大変なことだし、ツアーに出られないことで、(この業界には)人生を大きく変えた人がたくさんいたはずですが、悪いことばかりではありません」

 彼ともう1人のバンドメンバーで、フロントマン兼ギタリストのダン・オーバックにとって、それは久しぶりに気まぐれに、そして、ただ楽しむためにスタジオに戻れたことを意味していました。彼らは昔のミシシッピブルースのカバーをつくり、このジャンルの伝説的なミュージシャンたちと演奏し、その様子を録音しました。そのアルバムは2021年5月14日(金)、10枚目のスタジオLP『Delta Kream』というカタチでリリースされました。これは、彼らがこれまで頻繁にカバーしてきたジュニア・キンブロウや、R.L.バーンサイドといったアーティストの泥臭いブルースのカバーを集めた、飾らないコレクションです。

 「このレコードは、僕たちの最高傑作かもしれない」とカーニーは言います。

DELTA KREAM

DELTA KREAM

DELTA KREAM

¥2,111
Amazon で見る

新アルバム『Delta Kream』の誕生のきっかけ

 ザ・ブラック・キーズの歴史は、今では有名な話です。オハイオ州アクロンで育った音楽に夢中な2人の若者が出会い、どうやって音を出すかを考え、全国のクラブで演奏してから10年後に大ブレイクしました。大、大ブレイクです。

 ブルースロック、ストンプロック、サザンソウルの目まぐるしい組み合わせは必然性を感じさせ、なくてはならないものとなりました。そのため、2人に共通していた最も古く最も純粋な影響を受けたアルバムを活動20年目に制作することは、彼らにとって進化であると同時に、振り返りでもありました。そしてこのアルバムは、バンドをつくった瞬間、そして、壊れそうになった瞬間を振り返りながらつくられたのです。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
The Black Keys - Crawling Kingsnake [Official Music Video]
The Black Keys - Crawling Kingsnake [Official Music Video] thumnail
Watch onWatch on YouTube

 ロックンロール界では朝型の人は珍しいのですが、オーバックはその1人です。42歳の彼は、毎朝5時頃に起きてナッシュビルのスタジオへ向かい、自分自身やレコードレーベルEasy Eye Soundのミュージシャンのために、さまざまなプロジェクトに取り組んでいます(オーバックは2017年に自身のインディーズレーベルを設立しました)。ツアーのスケジュールが無期限で白紙になったこの15カ月間、彼にとってスタジオは避難場所となりました。「1日も仕事を休んでいません」と彼は認めています。「これは幸せなことです。ゼロからものをつくりたいという欲求を満たすことができるのですから…」と言います。

 「ザ・ブラック・キーズ」の最新アルバム『Delta Kream』のきっかけは、そんなある日のセッションから始まりました。オーバックは自身のレーベルと契約しているベテランのブルースマン、ロバート・フィンリーとブースで仕事をしていましたが、そのときにデルタ地方のミュージシャンを何人か呼んでいました。ケニー・ブラウンは30年以上もバーンサイドのそばで演奏していましたし、エリック・ディートンはこのジャンルに詳しい人ならすでにご存知だと思いますが、この種の音楽をつくっているほぼすべての人と一緒に演奏したことがあります。オーバックは「彼はヒルカントリーブルースの百科事典です」と、このベーシストを表現しています。

 彼らがまだ街にいる間、スタジオの時間が少し余っていたので、オーバックはカーニーに電話をして、翌日来るように頼みました。2019年のアルバム『Let's Rock』を引っさげてアリーナ公演を終えたばかりの彼らにとって、ブルース界のレジェンドたちと一緒にキンブロウの曲を演奏するのは新鮮な感覚でした。「レコードをつくっていたわけではありません」と、オーバックは言います。「ただ楽しんでいただけです」ということ。彼らは初日に、9曲をレコーディングしました。

 このプロセスはオーバックにとって、馴染みのあるものでした。「私は叔父や叔母が、ブルーグラスを演奏する家で育ちました。古い曲や伝統的な曲、家族や兄弟の曲、ジミー・マーティンの曲、もっと古い曲やブルースなんかも演奏していました。子どもの頃から、歌を演奏することは私の生活の一部だったんです」とのこと。

 それでもケニー・ブラウンの演奏を聞いたとき、彼は1人のファンとして感動したそうです。「あんな気持ちになったのは久しぶりでした」と、オーバックは話します。「私が18歳のときに彼とR.L.バーンサイドの演奏を初めて見たときと、同じシルバートーンのギターを弾いていたんです」とも言います。

 彼は続けます。「私の記憶に強く残っている思い出は、汗だくのクラブでこの音楽を見ていた夜です。『若くて白人でブルースを演奏するのは変じゃないか』と言われることがありますが、私はポストパンクを演奏するほうが変だと思います。あれはずっと前に死んだはずなんです。それについて、どう考えているのかと…。僕はそのミュージシャンたちを生で見ようと思ったんです」とのこと。

the black keys, bonnaroo
Tim Mosenfelder//Getty Images
2007年のボナルー・フェスティバルに出演したザ・ブラック・キーズ。

 カーニーが言うように、この経験は彼とオーバックがバンドとしてどのような存在であるかを表し、思い出させるものです。「私たちはレコーディングを中心に活動していきました。バンドを始めたときは4トラックで録音し、その方法を夢中で学びました。最初はショーをすることに興奮していたわけではありません。自分たちがつくった音楽を録音して、聴き返すことが目的でした」

 2人はこのアルバムのために曲を書いてはいませんが、これらの曲に驚くほどの新しい命を吹き込みました。アレンジは広々とゆったりとしていて、不完全です。あるいは、オーバックが自分とカーニーが育った場所を引き合いに出して言っているように、「このレコードには、オハイオ州北東部の地下室がふんだんに使われている」のです。数カ月後、実際にリリースすることになったとき、ポストプロダクションで滑らかにしたいという誘惑に耐えることが重要だったとオーバックは言います。「これは、その数時間の記録です。良い意味でも悪い意味でも、何も変えていません」

 探求することやリフ(繰り返される音型)することは、そのジャンルを「尊重することだ」と彼は言います。「それはアメリカの音楽であり、受け継がれていくものであり、そこに触れる人は皆、自分の足跡を残していきます。それこそが美しさであり、人種のるつぼの姿なのです」

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
The Black Keys - Going Down South [Official Music Video]
The Black Keys - Going Down South [Official Music Video] thumnail
Watch onWatch on YouTube

ザ・ブラック・キーズ、ツアー復帰には複雑な心境

 ザ・ブラック・キーズはツアーに復帰するつもりですが、いつ、どの程度復帰するかはまだ決まっていません。

 現在、彼らは9月に故郷のテネシー州で開催されるPilgrimage Music & Cultural Festivalのヘッドライナーを務める予定になっています。しかし、多くのミュージシャンがぎりぎりの生活を強いられたこの1年を経て、カーニーはいつ本格的なツアーを開始すべきか、複雑な心境であることを認めています。アメリカで新型コロナウイルス感染症が大流行したとき、彼らは『Let's Rock』を引っさげて行う予定だった夏のアリーナツアーをキャンセルしました。

 「先が見えていたので、2021年には何も予定しないように言いました」とカーニーは振り返ります。「今後は大混乱が予想されます。ツアーが必要なミュージシャンがたくさんいるので、それを混乱させないようにしたいです」

 2020年、バンドの専任の従業員は全員仕事を続けており、カーニーによれば、PPE(防護服)の資金をスタッフに分配することができたそうです。当初、融資を申し込むことに罪悪感を感じていたカーニーですが、「ちょっと待ってくれ、俺たちは税金を払っているんだぞ。今までたくさんの税金を払ってきたじゃないか。Amazonはどうだ?法人税すら払ってないじゃないか」と、思い直したと言います。そして、予定されたツアー日程の間、全員給料を受け取ることができたとのこと。

 しかし、この20年間ツアーを続けてきたことで、今後の活動に慎重になっているのも事実です。2010年代半ばにザ・ブラック・キーズが消耗し、最終的には燃え尽きてしまったツアー生活の狂乱ぶりについては、多くが表現されてきました。

 立て続けにリリースされた『ブラザーズ』(2010年)と『エル・カミーノ』(2011年)の2枚のアルバムは、彼らが音楽において得意とするすべてのことを証明するような、激しいブルースロックのコレクションであり、彼らを世界で最も大きなバンドにしました。音楽界ではキラキラしたポップスやビートの効いたヒップホップが主流でしたが、カーニーとオーバックはそれを打ち破ったのです。両アルバムはビルボード200アルバムチャートでトップ5にランクインし、2つのプラチナ(プラチナ認証はアルバムで100万ユニット、シングルで200万ユニットの売り上げを達成した作品。ちなみにゴールド認証はアルバムで50万ユニット、シングルで100万ユニットの売り上げを意味する。しかし、ストリーミングが主になろうとしている現代、この評価はどうなるのでしょうか?)に認証されました。

 カーニーは、「そのせいでバンドが壊れそうになった」と認めています。当時を振り返り、「あれで頭がおかしくなってしまった。でも、私たちは長い間仕事をしてきたので、それまでの10年間には得られなかったすべての機会が訪れたとき、『ノー』とは言えず、すべてに『イエス』と答えていたんです」と話します。『エル・カミーノ』をリリースした翌年、彼らはツアーで220以上のショーを行いましたが、このようなことは2度と起きないと確信しているそうです。

performs onstage at the global citizen festival at central park, great lawn on september 29, 2012 in new york city
Kevin Mazur
セントラルパークで開催された、グローバル・シチズン・フェスティバルで演奏するザ・ブラック・キーズ(2012年)。

 カーニーは2018年に、妻である歌手のミシェル・ブランチとの間に息子が誕生して父親になりました。そして現在、オーバックが経験したことをまったく新しいカタチで認識しています。「今では、ただただ驚いています」と彼は言います。

 「ツアー生活は最悪です」と、オーバックは言います。それはなぜか? 「気をつけていないと、簡単に自分の頭の中に閉じ込められてしまいます」とのことです。

アーティストがツアーに左右される、音楽業界の構造に疑問

 カーニーは、「アーティストがあれだけのツアーをしなければならないような音楽業界の構造に問題がある」、と考えています。彼は長年にわたり、アーティストへの不公平なストリーミングからの支払いに対する見解を公言してきました。「レコードを出したら、家族を養うためには75回のライブをしなければならないというのは不健全です。しかし実際には、私たちのようにストリーミングで良い数字を出しているバンドであっても、金銭的な報酬という点ではライブに勝るものはありません。だからこそ、ツアーはミュージシャンの人生の核であり、私たちの人生を短命でめちゃくちゃなものにしてしまうんです」とのこと…。

Brothers -Annivers-

Brothers -Annivers-

Brothers -Annivers-

¥2,021

 彼はこの点について、すぐに変化が起きるとは思っていません。ですが、このパンデミックがビジネスに良い影響を与えたことを期待しています。

 「変わってよかったと思うことが、パンデミックの間、従来のようにレコードを大々的に発売していたバンドは、何だかとてもおかしな感じになっています。例えば、Foo Fightersを嫌いな人はいないでしょう。でも、彼らのレコードのプロモーションは見ていてとても疲れます」と、カーニーは話します。

 オーバックは革命家ではありません。「何かに打ち込むには、集中力と献身が必要です」と、彼は説明します。誰もが話題にするようなバンドになるためには、熱狂するのは当然のことなのです。「しばらくの間、ある種の狂気に陥らなければなりません」

 時代に対する彼らの見方は、時間の経過とともに和らいできました。カーニーは、「今となっては良かったことしか思い出せない」と言います。「刺激的でしたが、持続可能ではありませんでした。もう2度とあんなことはできません」と言います。オーバックも同じ意見で、「あのような経験をしなければ、今の私はないでしょう。最高の思い出です」と言います。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
The Black Keys - Tighten Up [Official Music Video]
The Black Keys - Tighten Up [Official Music Video] thumnail
Watch onWatch on YouTube

過去の自分と音楽を振り返る、オーバックとカーニー

 20年以上、10枚のアルバムをつくり続けているバンドは多くありません。しかし、オーバックにとって昔の音楽を振り返るのは、ツアーのリハーサルをするときだけです。自分の声を聴くのは不快というよりも、面白くないのだそうです。「自分のことはすでに知っていますから」と、興味のなさをこう表現していました。

 ですが、カーニーは違います。「私はどちらかというと感傷的な人間なので、レコードを取り出して聴きながら、昔を思い出すことがあります。新しいレコードを出したときには比べてみることもあります」とのこと。

 特にオーバックはそうですが、カーニーもこの10年間で多くの楽曲のプロデューサーとして活躍しています。オーバックはドクター・ジョンラナ・デル・レイ、バンドのケイジ・ジ・エレファントなどと、カーニーは2019年に結婚した妻の(ミッシェル・)ブランチテニスを担当しています。つまり、少なくともカーニーは、長年にわたって自身の過去の作品に手を加えるのを楽しんできたということでしょう。3枚目のアルバム『ラバー・ファクトリー』は、完全にリミックスされています。ですが、「ダンスリミックスのようなものではありません」と彼は笑います。

the black keys perform in amsterdam
Paul Bergen//Getty Images
2012年、オランダ・アムステルダムのジッゴ・ドームで行われた、ザ・ブラック・キーズのステージ。

 しかし、おそらく直感に反して、彼らはオハイオ州で自分たちだけで制作した最初の2枚のLP、2002年の『The Big Come Up』と2003年の『Thickfreakness』を、そのままのカタチで永遠に保存すべきだと考えるようにもなりました。「マスターは破棄しました」とカーニーは言います。「意図的に破壊したので、もう存在しません。地下室で怪しげな機材を使ってつくられたものですが、本当に素晴らしい記録です」とのこと。

 曲が増えるにつれ、新たなプレッシャーが生まれてきます。

 「ここまで続いたというプライドはあります」とカーニーは言います。「でも、シカゴのように30枚のアルバムをつくったバンドがいて、そのうちの1枚も聴きたくないということもあります。このアルバムがそうでないことはわかっています。このようなレコードをつくるのに、私たちは20年かかったのですから」

Source / ESQUIRE US
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。

From: Esquire US