2020年に設立されたスマート・タイヤ・カンパニー(以下、スマート社)。このアメリカのスタートアップ企業は、NASAと起業家を結ぶ「NASAスタートアップスタジオ」を通してSuperelastic tiresの技術を活用した自転車の製品化を進めています。そのスタート社からこのたび、火星探査機「パーサヴァイアランス(Perseverance)」のために開発された、NASAの新技術を使った自転車用タイヤを製造するという知らせが届きました。

 今回スマート社から発表されたタイヤは、まさに革命的な逸品です。従来のタイヤとは比べ物にならないほどに丈夫な上に、パンク知らず…。空気入れの必要すらありません。

 しかしながら、このタイヤが現在予定されている通り2022年に販売開始されたとしても、すぐにアイアンマンレース(スイム3.8km、バイク180km、ラン42.195kmという距離で競われる過酷なトライアスロンレース)などの大会に登場するということではなさそうです。そればかりか、この先々においても採用されることはないかもしれません。

 それはそれでよいのかもしれません。なぜなら、この新型タイヤの秘める最大の可能性は、レース用のパフォーマンスバイクとは別のところにあるからです。

新型タイヤ「METL」の性能とは?

 「METL」と名づけられたこの新型タイヤですが、これは「超弾性金属」という意味が込められた「マルテンサイト・エラスティサイズド・チューブラー・ローディング(Martensite Elasticized Tubular Loading)」の頭文字からつけられています。

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 ベースとなっているのは「ニチノール」と呼ばれる、ニッケルとチタンという2種類の主要元素の名を持つ合金です。この素材は1959年に海軍兵器研究所で発明されました。

 スマート社のメカニカル・エンジニアであり、このタイヤ開発の中心人物の1人であるカルバン・ヤング氏は、自転車専門メディア「バイシクリング(Bicycling)」の取材に対して「ニチノールは幅広い素材を含んだ合金で、基礎となるニッケルとチタンを同量ずつ含み、さらに他にも微量の元素が組み合わさってできています」と述べています。

 「ニチノール」は、いわゆる形状記憶合金として知られています。例えば「ニチノール」でつくったペーパークリップをまっすぐに伸ばし、そこに熱を加えれば元のカタチが復元されるのです。この合金に含まれる各元素の配合バランスに応じて、形状記憶の起こる温度が変わります。

 しかし、今回の新型タイヤへの応用の鍵は、実は「ニチノール」のもう1つの特性である“超弾性”にあります。この超弾性については、例えば形状記憶の持つ性質の裏なる一面と言うこともできるでしょう。つまり、変態温度を超えた時点で、即座に、まるでバネのように本来の形状に戻ろうとする性質です。弾力性を損なうことがなく、「永久に使用可能なバネ」とも呼べるのです。

 スマート社のタイヤは、スプリング状に設(しつら)えたニチノール製のワイヤーをメッシュ状に編み合わせた素材を使い、ゴム製タイヤのようにたわむ支持構造を実現しています。その形状を維持するために空気を必要としないため、パンクすることがない…というわけです。「タイヤが壊れるより、リム部分(ホイールの一部で、タイヤを組み込み装着する部分のこと)の寿命が来るほうが早いでしょう」と、ヤング氏はコメントしています。

 合金による構造がタイヤの形状を保持するので、ゴムが用いられるのは接地面をグリップするトレッド部分、そして、ゴミなどの進入を防ぐためのサイドウォールのわずかな部分だけとなります。 

 また、使用するゴムも、一般的な合成ゴムではなく、スマート社は「ポリウレタニイム」という独自の素材を使用するとしています。ヤング氏によれば、「従来のタイヤと同じ程度のトレッド寿命を想定している」とのことですが、グリップ力や耐久性などの特性については明らかになっていません。ゴム部分に摩耗が生じたら、タイヤ本体をコーティングし直すことで理論上は永遠に使い続けることが可能となります。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
NASA & The SMART Tire Company introduce the world's first...
NASA & The SMART Tire Company introduce the world's first... thumnail
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「METL」のタイヤとしての実用性は?

 「METL」に関する説明を聞く限りでは、実にクールな新型タイヤのようです。しかし、商品として市場に流通させるためには、スマート社が乗り越えなければならない課題は山積みです。

 一般的に使われている、いわゆる「空気入りタイヤ」には130年を超える歴史があります。地球上での使用においては、その機能になんら不足はないでしょう。NASAが火星探査機に合金製タイヤを用いる必要があったのは、他の天体の超低温環境ではゴムがひび割れたり破損してしまったりするからでした。

 一般的な空気入りタイヤには、用途に合わせた微調整が可能であるというアドバンテージもあります。乗り心地や、道路環境に合わせたグリップ力や転がり抗力(編集注:ボールやタイヤなどの球や円盤、円筒状の物が転がるときに、進行方向と逆向きに生じる抵抗力のこと)、耐久性能、重量などなど…。個別に調整を行う余地も残されていうのも、きっと魅力になるはずです。

 さらに空気入りタイヤは、サイズや容積、空気圧、ゴムの配合、トレッドパターンなど、さまざまな要素の組み合わせによって、異なった特性を実現させています。合金製のタイヤを市場に送り出そうとするのなら、スマート社はこのような要素のすべてを満たすための新技術を生み出していかねばならないでしょう。

 さて、スマート社の試作タイヤですが、転がり抗力係数や体重の異なる人が一定の乗り心地を得るためのタイヤ剛性をどのように調整すべきか?など、解決を求められる課題も少なくありません。

 「確かに、これから解決していかなければならない問題は少なくありません」とヤング氏は前置きをした上で、同社がすでにワイヤーの太さやスプリングの重量といった要素を最適化するための予測分析を進めており、「ことあるごとに予測と確認とを繰り返さなくて良いようにしたい」と述べています。

METLに適した用途とは?

 「この自転車界のニューテクノロジーにとって、最良の適用先はロードバイクやダート(砂利道)用のバイク、さらにマウンテンバイクでもないでしょう。目指すべきはおそらく、バイクシェア等のサービス事業での使用用途が中心となるだろう」と、ヤング氏も公然と認めています。

 METLタイヤの最大の利点は、空気を入れなくても走行できることであり、そしてパンクしないことになります。つまりはそのため、乗り心地にやや難があることでしょう。ですがバイクシェア利用者となれば、その目的はあくまでも移動用の足になります。そんな彼ら彼女らは熱狂的に自転車を愛する人々に比べ、乗り心地に関してあまり敏感ではないはずです。

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EARL COLE

 また、シェア事業から乗り出せば、その間に使用機会が増えます。これはスマート社にとっても好都合となるでしょう。製品の展開をしながらも、転がり抗力やトレッドの寿命といったタイヤにまつわる諸要素を改良していくための情報収集および開発時間を所得できる良い機会となるはずです。

 実際スマート社はすでに、マイクロモビリティ企業である「スピン社(Spin)」が展開するスクーター用のタイヤ開発を請け負う契約を結んでいます。

 確かにスクーターやバイクシェア用自転車のためのパンクしないタイヤがあれば、マイクロモビリティ業界にとって大きなメリットとなります。しかし、4輪の自動車と比べればその市場規模はわずかなものに過ぎません。なぜスマート社は、最初のターゲットとして自転車を選んだのでしょうか? 自身もサイクリストであるヤング氏はNASAへのインターンシップ時代、「商業的な目的ではなく、情熱を優先させるべきプロジェクトとしてこのタイヤ開発に関わったのだ」と言っています。

 「個人的な背景はさておき、企業の立場として見れば、自転車のほうが乗物市場への参入障壁が低いのです」とヤング氏。言い換えれば、まずはコストの低い自転車の世界で自社の製品コンセプトの正当性を証明した上で、そこから用途を拡大していくという目論みでしょう。

 さて、それではスマート社の予定どおり、2022年初頭の展開開始は現実的なのでしょうか? テック系スタートアップと言えば、アイデアは次々と発表されるものの、その後いくら待っても市場に展開されないというケースも少なくありません。

 「10年先、20年先どうなるか? という話をするつもりはありません」と、ヤング氏は言います。「この新技術はすでに目の前にあり、現実に存在しています。あとは自転車市場が興味を示すか否か? さらに、それを消費者がどう受け止めるか? という問題になります。このタイヤを装備したシェア用バイクが、街中を走り回る光景が2年以内に実現する可能性は十分にあると考えています」とのこと。

 もし「METL」の最初の目撃者となりたいのであれば、ロードバイクのグループライドやトレイル用のマウンテンバイクなどではなく、街中のバイクシェアサービスが提供しているシェアサイクルに注目しておくといいでしょう。

Source / POPULAR MECHANICS
Translate / Kazuki Kimura
この翻訳は抄訳です。