アポロ計画陰謀論者が投げかける疑問がナンセンスな理由
ですが…「スタンリー・キューブリックが月面着陸の映像を捏造した」などという陰謀論者の言動に対して、そう簡単には反証できるものではないことも事実です。
「月は実はチーズからできている」と聞くと、これは冗談でしかないと理解できますよね。「いやいや、もしかすると…。きっぱりと否定はできないだろう!?」と突っ込んでくる方はきっといないでしょう。ですが、これに近い内容とも言える、おかしな説をいまもなお信じている方々も少なくありません。
米国が3人の宇宙飛行士を月に送り込み、このうち2人が実際に月面着陸をはたしてから50年が経過し、人類は大きく進歩してきました。ですが、これと同時にとんでもない陰謀論も飛躍してきたのです。
以前は薄汚い地下室やアングラな雑誌の出まかせ話に過ぎなかったこれらの陰謀論は、今やあらゆる場所に広まっています。月面着陸の捏造説だけでも、米トーク番組『ザ・ビュー』のウーピー・ゴールドバーグ、NBAのステフィン・カリー選手などが信じていることが知られています。
2002年9月には、失礼な捏造論者がアポロ11号の宇宙飛行士バズ・オルドリンにパンチをお見舞いされた「シブレル事件」もありました。
トランプ政権の米国において、以前から懸念されてきた神権国家への変貌のリスクがあるとすれば、この国家が信仰するのはこの捏造論も含む陰謀論になるのではないでしょうか(トランプ氏は陰謀論が大好きですので…)。
いま考えてみれば、月面着陸はおそらくジョン・F・ケネディ氏暗殺に次ぐ誇大妄想の対象となり、長年多くの陰謀論を生んできたと言っても間違いないでしょう。(ケネディ暗殺の実行犯とされる)リー・ハーヴェイ・オズワルドをめぐる陰謀論の数々は、「米国が絶頂にあった時代の米国大統領が、いよいよこれからというときに無残にも殺されてしまった」という事実からの逃避にも似た、まったくの非現実性から生まれたと言えるのです。その一方、アポロ計画をめぐる疑念の数々は、これを実現したテクノロジーの進歩が人々の理解の範疇を超えるものであったということと関係しています(これも考えが及ばないことの苦痛からの…同じく逃避とも言えるかもしれません)。
この月面着陸では、コンピューターが多いに活用された初めての偉業だったのです。
そして当時のコンピューターは、現在のiPhoneの数分の1ほどの処理能力しか持っていませんでした。が、それでも人々にとっては、実に計り知れないものだったのです。と言うのも、1969年にほとんどの家庭にあった最も複雑な機械と言えば、ガレージのクルマくらいのものでしたから…。
そして、ポンティアック「トランザム」であれば、ボンネットを開いてしばらくその中を見つめれば、その仕組みはなんとなく理解できたものでした(姉妹車であるシボレー「カマロ」がロボットに変身するなんて想像は、当時は思いもつかなかったでしょう)。そんな時代の月面着陸です。これに関してはテクノロジーがあまりに進歩していたため、人々にとっては魔法のようにしか見えなかったのです。…というわけで、アポロ計画がすべて捏造だと主張する人々がいても当然です。
そこで今回、アポロ計画陰謀論者たちが抱くもっとも一般的な疑問の数々を挙げ、これらに対する反証を紹介します。
月面の写真に星が写っていないのはなぜ?
アポロ11号の写真に、星が一切写っていないのはなぜでしょうか? 月には大気さえありませんから、星が写っているべきではないでしょうか?
… 実は、そんなことはありません。
NASAによれば、地球も月を太陽光が当たって輝いているため、星が見えなくなっていると言います。
より具体的に言えば、太陽光が当たっている月の表面に露出を合わせているカメラでは、星は暗過ぎて映らないのです。これは、地球で日中あるいは夜の大都市で星が見えない仕組みと同じです。結局のところ、アポロ計画の宇宙飛行士たちは月の裏側に着陸したわけではありませんから…。
月には大気や風がないのに、米国旗がはためいているのはなぜ?
一部の陰謀論者の中には、アポロ11号に登場した宇宙飛行士のバズ・オルドリンとニール・アームストロングが月面に立てた米国旗について指摘します。
「月に大気はなく、風があるはずもないのに、この旗がはためいているように見える」という点ですが、これについては、非常にシンプルな説明があります。
この旗は、真空中でも広がるように軸の他に上部に金属の支え棒が差し込んであり、若干の弾力性を有していたそうです。なので、これを地面に差し込むためにグリグリと回したところ、その棒が弾力で揺れただけになります。
そして月には布の動きを妨げる空気がないため、勢いよく旗がめくれ上がるというわけです。そしてその様子が、まるで風が吹いて旗がはためいているように見えたわけです。そして同じ映像が何度も違うメディアで放映されたことにより、見た目以上に旗がはためいていたイメージが焼きついたのでしょう。
さらに、風ではためいているようなカタチに見えるよう、NASAは国旗にワイヤーを仕込んでいたようですし…。
この疑問については、NASAの説明も混乱を招いたかもしれません。声明では、「巻き上げた布を高い角運動量で広げると、布は自然と波打つことになる。風は必要なかったというわけです」と説明していましたので。
月面着陸時に塵が舞い上がったり、クレーターができなかったのはなぜ?
月着陸船の下に、エンジン噴射でできるはずのクレーターがないのはなぜでしょうか? また、離着陸の際に大量の塵が舞い上がらなかった理由は?
実は、月の表面の土は非常に固かったため、着陸船のスラスターの力をそらし、クレーターが残らなかったのです。また、離着陸で塵は舞い上がったものの、大気がある惑星に住む私たちの予想するような舞い上がり方ではなかっただけです。
いずれにしても、月の塵が見たいという人は、スミソニアン博物館にあるアームストロングの宇宙服を見てみるといいでしょう。この宇宙服は修復家によって修復されたものですが、彼らはこのときに塵をしっかりと残しています。
月面着陸の映像はスタンリー・キューブリックが監督したのか?
最も愉快な陰謀論の1つには、後世に影響を与えた映画監督のスタンリー・キューブリックが、月面着陸の捏造のための映像を監督したというものがあります。
当時のキューブリックは『2001年宇宙の旅』をつくったばかりでしたから、宇宙をリアルに撮影する方法を知っていただけでなく、製作の過程で宇宙の専門家たちともコネクションをつくっていました。
ドキュメンタリー映画『Room237』は、キューブリックの後の作品である『シャイニング』に隠された意味について、ファンが独自の理論を展開するものですが、この中である人物はこの映画を、「キューブリックが月面着陸のでっち上げ映像製作の手助けをしたという告白のための映画である」という説を立てています。
キューブリックが月面着陸の映像をつくったという説に対してはおそらく、そう簡単には反証できないのは確かです。
月面着陸の証拠の数々
では、「スタンリー・キューブリックが月面着陸の映像を監督した」といったアイデアを信じる人が目の前にいた場合、彼らが反論できないよう何が言えるでしょうか?
アポロ計画陰謀論の一般的な疑問には、反論の余地がいくらでもあります。それは米国に月面で成し遂げたことを示唆する、ポジティブな証拠があるからです。
例えば月から持ち帰られた石は、NASA以外の科学者も含めて徹底的に研究されており、地球のものではないことを示す特徴を持っていることが証明されています。
またアポロ計画の宇宙飛行士は、月に再帰反射器を設置してきており、地球の科学者はこれに向けてレーザーを当て、距離の測定に利用しています。この再帰反射器については、捏造疑惑の渦中にある米国の科学者だけでなく、多くの機関の科学者が数十年にわたって実験に使ってきました。
しかし、この説明には問題もあります。
一般の人は再帰反射器(リトロリフレクターの一種であり、光や電波を反射する性質を持った3枚の平面の板を互いに直角に組み合わせ、立方体の頂点型にした装置)が何かを知りませんし、月の石の年代・地質を測定する方法、あるいは月面着陸船によって舞い上がる塵の原理などもわからないのです。
米国が月面着陸を捏造したという陰謀論は、あまりに強烈な印象があるため、おそらく決してなくなることはないでしょう。そのため、人類の月面着陸が本当にあったことを示す一番の証拠は、次のことかもしれません。
それは、当時も現在も米国にとって良く言えば最大の競合国、悪く言えば最悪の敵国であるロシアでさえも、米国の月面着陸を否定していないということ。これは、人類が成し遂げた偉業であると無言のまま認めているのも同然なのですから…。
From Esquire US
Translation / Wataru Nakamura
※この翻訳は抄訳です。