50年後の現在においても、人類が月を訪れたという事実は衝撃的なものです。
1969年7月20日、世界中の何億もの人々がテレビ越しに見つめる中、ニール・アームストロングとバズ・オルドリンは月に降り立ちました。これは現在においても人類史上最も驚くべき偉業の1つであり、少なくともしばらくの間、大きく分断された米国を1つにしました。
あれから50年が経ち、テクノロジーが飛躍的に進歩した今でも人類が月面に上陸し、安全とは程遠い未知の世界に足を踏み入れたという事実は衝撃的なものです。 そこで今回、人類の歴史的偉業であるアポロ11号計画で撮影された写真の数々を紹介しましょう。
1969年5月、NASAのアポロ11号月面着陸ミッションの数週間前の集合写真でポーズを取る3人の乗組員。左から船長のニール・アームストロング、司令船操縦士のマイケル・コリンズ、月着陸船操縦士のエドウィン・“バズ”・オルドリン。
日の出前に発射準備を行っている、アポロ11号とサターンV型ロケット。
アポロ11号の発射カウントダウンのテストに参加するため、エドウィン・バズ・オルドリン(コリンズの後ろに隠れている)とマイケル・コリンズを率いて、廊下を歩く船長のニール・アームストロング。
クルークオーター(乗組員の待機施設)で発射前の朝食を摂る、アームストロング、コリンズ、そしてオルドリン。
スペースシャトル組立棟から、クローラー・トランスポーターで運び出されるアポロ11号とサターンV型ロケット、そしてモバイルランチャー(移動式発射台)。1969年5月20日に、フロリダ州のケネディ宇宙センター第39発射施設の発射台まで運ばれました。
アポロ11号宇宙飛行士の(左から)オルドリンとコリンズ、アームストロング。クルークオーターを出てアストロバンに乗り、第39A発射台に向かうところ。
アポロ11号の打ち上げで、サターンV型ロケットが周囲の空気を圧縮したことで形成された水蒸気の輪。
アポロ11号とサターンV型ロケットは、1969年7月16日にフロリダ州ケネディ宇宙センターの発射施設から打ち上げられました。
ケネディ宇宙センターのVIP観覧会場からアポロ11号の打ち上げを見る、元副大統領のスピロ・アグニューと元大統領のリンドン・ジョンソン。
アポロ11号打ち上げの様子。
アポロ11号打ち上げを見守る、フライト・ディレクターのクリフォード・E・チャールズワース。
1969年7月16日、ケープ・ケネディ(後のケープ・カナベラル)のコンクリートブロック上からアポロ11号の打ち上げを見上げ、写真を撮る人々。
ケネディ宇宙センターで打ち上げられたアポロ11号の様子。
1969年7月16日、午前9時32分に第39A発射台から打ち上げられた後、地球周回軌道に向かって上昇するアポロ11号とサターンV型ロケット。
アポロ11号が発射塔を飛び立った後、打ち上げを見守る発射管制室のエンジニアたち。
地球周回軌道上のアポロ11号で撮影されたコリンズ。
地球周回軌道上のアポロ11号から撮影された低気圧の写真。
アポロ11号の司令船から撮影された、月の地平線から姿を現す地球。この後、アームストロングとオルドリンは月着陸船の「イーグル」に乗り、人類史上初めて月面に上陸しました。
月へ向かう月着陸船「イーグル」の中で撮影されたオルドリン。
1969年7月20日、アポロ11号のミッションで月面に降下する月着陸船のイーグル。2枚の異なる写真を組み合わせた合成画像。
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