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  • リア充ならぬ、夢充マイクの秘密
  • 私たちは夢に隠されたメッセージに耳を傾けるべきか?
  • 未知なる何かを追い求める
  • 夢を考えるには「盲点」もある
  • [脚注]

リア充ならぬ、夢充マイクの秘密

マイク氏の過去の日記を読めば、彼が波乱万丈な人生を送ってきたことがわかるでしょう。ザ・ローリング・ストーンズと遊び歩いたかと思えば、ウィル・スミスと一緒に宇宙旅行に出掛け、次にはドナルド・トランプとシェアハウスで暮らしていたこともある…。「トランプは、思ってたほど嫌な奴じゃなかった」と、彼の日記にはつづられています。

この“マイク”なる人物ですが、誰もが知っているような有名人ではありません。また(少なくとも目覚めている間は)空想壁があるわけでもありません。2年間、夢日記(ドリーム・ジャーナル)をつけるのが彼の毎朝の日課でした。目覚めるとまず、夢で見たことを思い出せる限り全て書きとめていたのです。

2024年現在36歳の彼は、10代の頃にはリチャード・リンクレイター監督の映画『ウェイキング・ライフ』*1…主人公の潜在意識の奥深くまで掘り下げた、哲学的なアニメーション映画に触発されたそうです。そうして時が流れ、彼は自分の夢を意識するようになり、さらに夢をコントロールできるようになる訓練が可能であること(いわゆる「明晰夢」)に出合います。そうして夢日記をつけ始めたというわけです。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
'Waking Life' | Critics' Picks | The New York Times
'Waking Life' | Critics' Picks | The New York Times thumnail
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ベッドで眠る男性
Bernine//Getty Images

フロイト*2もユング*3も、(その解釈はともかく)夢日記に意義を見出したという点で一致しています。画家で詩人のウィリアム・ブレイク*4、作家のヴァージニア・ウルフ*5、そしてロックバンド、ザ・キラーズ*6のブランドン・フラワーズに至るまで、夢からインスピレーションを得てきた新旧のアーティストなら数えきれないほどいます。史上最も多くカバーされた曲とも称されるビートルズの「イエスタディ」は、ある晩ポール・マッカートニーの夢の中に、あのままの完成形で現れた曲だそうです。

マイク氏自身もミュージシャンのはしくれとして、夢からのインスピレーションに多大な恩恵を受けてきました。ただし、それが彼の夢日記の動機という話ではありませんでした。「私にとって夢はいつも本当に興味深いもので、とても刺激的なものなのです。まるで見たことのない世界がそこに広がっているような…」と目を輝かせます。

何カ月も日記を書き続けた結果、マイク氏は自分の夢をより鮮明に思い出せるようになり、さらにそれを『少しコントロール』できるようになったことに気づいたそうです。「日常ではできないようなこと、例えば空を飛ぶようなことができるんです。それは思っている以上に難しいですが…」と、彼は付け加えて説明します。

ですが、夢日記の習慣は長続きしませんでした。「強い意志の力が必要なんです。とにかく朝、目覚めた瞬間に、記憶が鮮明なうちに書いてしまわなければなりません。続けるのは大変でした」

私たちは夢に隠されたメッセージに耳を傾けるべきか?

自身が見た夢を使って、自らの感情や心の動きを知る「ドリームワーク」としてマイク氏が実践した「夢日記」ですが、彼がそれを止めてから数年が経ちます。ですが、世の中でこの「ドリームワーク」の持つ意味は、ますます大きくなっています。

映画監督のジェーン・カンピオン*7は2023年に映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』*8の製作に際して、「ドリームコーチ」のキム・ギリンガム氏*9を起用して力を借りたと語っています。ギリンガムが、これまで人気ドラマシリーズの俳優たちをコーチングしてきた実績に着目したのです。

夢分析をテーマにした人気ポッドキャスト『This Jungian Life(ユング派の毎日)*10』は毎回平均3万人というリスナー数を誇り、「内的自我の謎を解く」ための1年間のプログラム「ドリーム・スクール(Dream School)」まで主催しています。

早朝に目覚める男性
janiecbros//Getty Images

かくいう私(本稿筆者エル・ハント)にも、自分の見た夢をChatGPTを使って分析しているという友人が数名います。ですが、映画を撮るでもなければ、自分の精神状態を理解しようと必死になっているわけでもない私たちにとっては、なぜ夢がそれほど重要なのか説明がつきません。一体、夢が何を解き明かしてくれると言うのでしょうか? 私たちは、夢に隠されたメッセージに耳を傾けるべきなのでしょうか?

ドリームコーチとしての役割についてギリンガム氏は、「潜在意識を分析することではなく、ミステリアスな夢を通じて、どうすればより心地良くいられるかを追求することです」と述べています。

「これは私なりの考え方に過ぎないかもしれませんが、夢には私たちを後押しする力が宿っていると思うのです。自分らしくありたいという希望、満たされたいと願う気持ちなどが夢に潜んでいるのです」と、ギリンガム氏は続けます。「夢にはいつだってヒントが隠されています。もっと右のほう、もうちょっとだけ左、そう、そこを掘り下げて、というようなメッセージです」と…。

ただし、そのヒントを読み解き、日常との因果関係を見出せるか否かは、私たち次第です。例えば夢にヤマアラシが出てきたとすれば、それは自己防衛本能の現れということかもしれません。元の恋人が夢に現れたなら、自分の人生から失われてしまった何かのことが気に掛かっているのかもしれません。

夢のメッセージは、その本人にしか理解することができません。

「自分が、何らかのパターンに陥っていることに気づかせてくれるのです」と、ギリンガム氏は言います。「夢を通じて得たメッセージどおりに、すぐに行動に移せる場合もあるでしょう。ですが、気づくのに20年を要する場合だってあるのです。いつか見た夢を先々になって振り返り、あのときの夢のお陰で人生を変える一歩を踏み出すことができたのだと理解するようなことも起こります」

未知なる何かを追い求める

ギリンガム氏の行う「クリエイティブ・ドリームワーク」*11は、主にアーティストを対象としています。ですが自分自身を、あるいはこの世界を異なる角度から見ることは、誰にとっても役立つはずだと彼女は言います。

彼女にインタビューを行ったのは、彼女が社会起業家を対象としたリトリート(※編集注:現代のせわしなく消耗する日常から離れて心身ともにリラックスし、ウェルビーイングを取り戻す体験)から戻った直後のことでした。社会構造を再構築することで「より人道的な文化の構築を目指したい」と考える社会起業家たちにとって、「自分自身のエゴや思考を超越した何かに目を向けることのメリットは計り知れない」というのが彼女の考えです。

バスケットボール選手になる夢を見る男性
master1305//Getty Images

呼吸、声、ジェスチャーを用いたエクササイズを通じて、ギリンガム氏はクライアントを誘導し、潜在意識下にあるメッセージを掘り起こし、それを具現化していきます。セッションの目的は、「完璧さを無理に追い求めるのではなく、全体像を整えることにあるのだ」と、彼女はユングの引用を交えながら語ります。そうすることで「コミュニティとつながり、対話が生じ、孤独感が薄れていくのです」とも言います。

まるで奇妙な夢のような話に聞こえるかもしれませんが、「吟味された生(an examined life)」の持つ治療的な効果はすでに確立されています。習慣的に文章を書くという行為はそれが夢日記であれ、とりとめもない思考であれ悩み事であれ、ウェルビーイングの向上に寄与することが分かっています。

1日5分だけでも「ライティングセラピー(※編集注:心理的な問題やストレスを軽減し、自己理解や成長を促進するために、文章を書くことを活用するアプローチのこと)」を継続することで心身の健康が維持され、ストレスが緩和され、創造性や自信が高まるという研究結果もあります。

つまり、見た夢を記録しながら反すうすることで、人は自らの感情や経験を理解するための全く新しい語彙にたどり着くかもしれないのです。夢がそのまま、思い掛けないリソースとなる可能性もあります。

“睡眠中の不思議な体験が、プレッシャーの多い日常生活を乗り越える力になる可能性も”

インディアナ州のノートルダム大学の研究チームが2023年8月に発表した論文*12には、「夢の持つ意味に迫ることで畏敬の念が意識下に芽生え、目覚めている状態での思考の整理が促される」と記されています。

その論文の筆頭執筆者であるキャシャー・ベリンダ氏*13は、夢によって触発される畏敬の念について、大自然の絶景を眺めたり天からの啓示を受けたりした際の心理的状況になぞらえて論じています。

「断片的でまとまりのない夢であっても、点と点とが結び付いていくような感覚がそこには存在している」と、ベリンダ氏は述べています。「だからこそ、感動的な体験として記憶に残りやすいのです。寝ている間に見る夢が、その日のムードを決めてしまうようなことも珍しくありません」

畏敬の念を抱くことが、レジリエンス(※編集注:困難を乗り越え回復する力のこと)を高めることはよく知られています。そのため、「睡眠中の不思議な体験が、プレッシャーの多い日常生活を乗り越える力になる可能性がある」とベリンダ氏は言います。「ささやかな畏敬の念が思考に影響を及ぼし、人生を前進させる。実に有益なことです」と…。

夢と畏敬の念とがどのような相関関係にあるかについては、睡眠の質の違いといった要素も考慮に加えた(合計5000回分の夢を取り上げた)3つの研究調査によって解析が進められました。「夢がいかにして日中の活動に“波及する”かが理解できれば、夢の活用方法も確立されて行くことになるだろう」というのがベリンダ氏の意見です。

“瞑想や治療用の幻覚剤と同じように、ドリームワークに対する認知が高まっていくと彼女は確信しています”

マイケル・シュレードル医学博士*14らを中心に、ドイツ・マンハイムの中央精神保健研究所(CIMH)*15によって行われた夢の調査によれば、「労働人口の約40パーセントに及ぶ人々が、前夜に見た夢の内容をある程度記憶している」という結果*16もあります。

つまり、感情を揺さぶられるような鮮烈な体験を抱えたまま出勤しているということです。仮に夢の詳細を記憶していなかったとしても、見た夢によって生じた特別な感情は、その後6~12時間ほど思考に影響を与えている可能性があるとされています。

そのことによって生産性が高まることもあれば、その逆もあり得ます。パートナーに浮気される夢を見た場合、現実として疑念や緊張感があおられ、そのせいで実際に浮気が誘発されてしまう可能性があることを発見した2009年の論文を、ベリンダ氏は引用しています。

このような研究がさらに進められることで、そのうち企業の生産性や従業員の幸福度を高めるために夢の力が利用される日が訪れるかもしれない、とベリンダは期待しています。とは言え、今のところは、まだ夢について書きとめておくことの効果を調べている段階です。

ベリンダ氏の研究に参加した人々の多くが、求められている以上の記録を残す傾向が見られました。「ものを書くという行為そのものに喜びを見出し、自分のためになると直感しているのです。書くことの恩恵は計り知れません」とベリンダ氏は述べています。

夢を考えるには「盲点」もある

以上を踏まえたうえで、睡眠中に幻視したあれこれをそのまま受け止めるのは避けるべきだと言うのが研究者たちの態度です。博士課程に籍を置きながらパリ脳研究所(Paris Brain Institute *17)のドリームチーム(Dream Team)*18で研究に従事しているニコラ・デカット氏*19は、「そもそも、なぜ夢を見るのかといった初歩的なことさえ、まだよく分かっていないのです」と釘を刺します。夢とは脳の活動によってのみ起こる現象なのか否かも判然としないまま、私たちの理解はまだ「遠く及ばない」というのが現実です。

夢を見ることで記憶や感情に影響が生じると推測されてはいるものの、「何をもって夢とするか、その合意形成さえまだできていません」とデカット氏は指摘します。あらゆる哺乳類が夢を見ることは分かっているため、そこに生物の進化に関わるなんらかの要素があることは確かでしょう。しかし今のところ、その定義は「睡眠中に生じる意識を伴う経験」としか言えません。

基礎的なことさえ未知のままという現状を考慮すれば、ネット上でよく目にする「夢辞典」や「夢占い」などの確実性については疑問視せざるを得ません。例えば「夢に飼い猫が現れた」ことの意味をGoogleで調べれば、「あなたは2年以内に病死する」などといった検索結果が示されたりもするのです。

夢から目覚める男性
DragonImages//Getty Images

夢日記をつけることで記憶が呼び起こされ、明晰夢を見る頻度が高まる可能性はあるのは確かでしょう。デカット氏自身、これまでの人生で10回ほど明晰夢を見たことがあると言います。最新の明晰夢はつい数日前のことでした。「驚くべき体験」と振り返っています。「夢の中の世界に自分がいることが実感できるのです」

ドリームコーチのギリンガム氏は夢が何を意味するのか、即座に理解が及ばなかったり、その作用が明確でなかったとしても、それが夢の価値を下げることにはならないと語っています。「現代を生きる私たちは、かつてないほどに新しい物の見方や考え方を必要としている」というのが、ギリンガム氏の考えです。「旧来のシステムが既に機能不全に陥っていることは、もはや誰の目にも明らかです」と言います。

今後、瞑想や治療用の幻覚剤と同じように、ドリームワークに対する認知が高まっていくだろうとギリンガム氏は確信しています。人々は資本主義文化に疲れ果て、幻滅してしまっているというのが彼女の理解です。

「どのような夢であれ、それを見ることで、魂とのつながりを取り戻すことができるのです。時間に追い立てられるのではなく、今ここにある自己を確かめるような感覚です」

太古の人類にとって、夢は叡知であると同時に道標でもありました。世俗的で閉塞感にまみれた現代社会に生きる私たちは、夢を見ることで自己を超越した叡知との接触をしているのだとギリンガム氏は考えています。

さて、冒頭に登場したマイク氏に話を戻しましょう。

当時の夢日記を読み返したところで深淵なる啓示に打たれることもなければ、自己に対する洞察がもたらされることもない、と彼は言います。にもかかわらず、夢日記の習慣をもっと続けておくべきだったと考えることがあるようです。

楽しく刺激的で「異世界を探索するような経験だった」と振り返ります。なにしろ私たちは人生のうち、3割ほどの時間を眠って過ごしているのです。

「眠りの世界でも、実に多くの物事が起きているのです」


[脚注]

*1:Amazon prime|Waking Life

*2:Sigmund Freud(ジークムント・フロイト 1856年5月6日生~1939年9月23日没)フロイト博物館公式サイトを参照

*3:Carl Gustav Jung(カール・グスタフ・ユング 1875年7月26日生~1961年6月6日没)日本ユング派分析家協会公式サイトを参照

*4:William Blake(ウィリアム・ブレイク 1757年11月28日生~1827年8月12日没)イギリスの詩人、画家、銅版画職人。The William Blake Archiveを参照

*5:Virginia Woolf(ヴァージニア・ウルフ 1882年1月25日生~1941年3月28日没)イギリスの小説家、評論家。LibriVoxの当該ページを参照

*6:The Killers(活動期間:2001年~)公式サイトを参照

*7:Jane Campion(ジェーン・カンピオン 1954年4月30日生~) ニュージーランド出身の映画監督、脚本家。IMDbの当該ページ参照

*8: NetFlix|パワー・オブ・ザ・ドッグ

*9:Kim Gillingham アーティストが無意識の中に眠る創造的な可能性を引き出すために専門とする「ドリームコーチ」。

*11:Creative Dream Work(クリエイティブ・ドリーム・ワーク)というプラットフォームを設立し、さまざまな分野のアーティストたちが自分たちの無意識の中に未発見の素材を探り、それを活用して本物の作品を創出する手助けをしている。

*10:This Jungian Life

*12:Notre Dame News|Enter Sandman: Study shows dreams spill over into the workplace and can be channeled for productivity

*13:casherbelinda.com|Casher Belinda

*14: Dr. Michael Schredl

*15:Central Institute of Mental Health

*16:Factors affecting the continuity between waking and dreaming: Emotional intensity and emotional tone of the waking-life event. International Journal of Dream Research

*17:Sante Sorbonne Universite|Paris Brain Institute

*18:Paris Brain Institute|Dream Team

*19:Nicolas Decat

Translation / Kazuki Kimura
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です

From: Men's Health UK