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William Membane

走行中の車内で音楽を聴くという行為については、私(編集注:この原稿の筆者、ジョン・フランズバーグ氏。アメリカのロックバンド「ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ(They Might Be Giants)」のメンバー)もそこそこ理解しているつもりです。

ウォークマンを片時も手放せなかった電車移動の生活から、ツアーバスでの長距離移動の日々に転じたのは、They Might Be Giantsがデビューした1980年代半ばのことでした。まだ私が若かった頃の話です。私とジョン・リネルとのデュオで、当時はニューヨークで音楽活動をしていましたが、私たちの低予算のミュージックビデオがMTVのゴールデンタイムに、ホイットニー・ヒューストンやリック・アストリーのビデオに混じってヘビーローテーションされるという事態が起き、そこで人生が一変しました。

特に80年代半ばから90年代初頭にかけては、「カレッジロック」系サウンドで賑わう全米各地のナイトクラブをツアーするため、フォードのバン「エコノライン」に乗ってアメリカ中を走り回るようになりました。西へ東へ――アメリカをどれほど横断したかわかりません。移動中の車内の娯楽と言えば、ミックステープを流したりラジオを聴いたりすることぐらいがせいぜいです。とにかく膨大な時間を車の中で、音楽とともに過ごしたのです。

▼They Might Be Giants「Ana Ng」

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
They Might Be Giants-Ana Ng
They Might Be Giants-Ana Ng thumnail
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あれから35年の歳月が流れましたが、今でも私たちは同じバンドで活動を続けています。ただし、メンバーは8人に増えました。新たなアルバムを出しては(レコードも出しています)、アメリカ横断を続けています。しかしこれも時代でしょうか、その道中は変化しました。今ではコンサートを終えて、古くて大きなツアーバスに乗り込むと、メンバーはそれぞれイヤホンをして自らを隔離し、ポッドキャストやオーディオブック、Spotifyなどを楽しむようになりました。

というわけで今回は、オーディオ自慢という最新モデルの3台の車に乗り込み、それぞれの車内の音の環境がどれほどの実力なのか? 独断でテストしてみたいと思います。いずれの車も私の収入を遥かに上回るということで、実際に購入するという話ではありません。これらの車の情報に並々ならぬ興味を抱く人たちに向けて、もしかしたら実際に購入を検討しているという恵まれた人のために、ひと役買おうという話です。

車内の音響。敵は窓

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メルセデス・マイバッハの美しく飾り立てたられたスピーカー。ため息が出るばかりです…。

「理想的な音環境を整えるのが最も難しいのが、車内空間です」、そう嘆くオーディオエンジニアは少なくありません。ハイファイを知り尽くした彼らによると、問題は車内の狭さや小さなスピーカーではなく、車の「窓にある」と言います。ガラスは音を吸収せずに、むしろ反射してしまうのです。それは音質を左右する最悪な素材とも言え、音響空間におけるガラスの使用は最小限に留められるのが常識です。それにも関わらず、車と言えば窓…皆さん窓が大好きなんです。

それでは早速テストといきましょう。メルセデス・マイバッハ「S580」、ランドローバー「レンジローバー『P400SE』、ロールス・ロイス「カリナン ブラックバッジ」という、いずれもラグジュアリーな3台です。どの車も素晴らしい内装、魔法のような乗り心地、静かなエンジンを備えています。特殊な希少車ということで、カーオーディオの覇権争いも苛烈(かれつ)を極めます。各メーカーとも何十個ものスピーカーや、難解なデジタル操作システム、最高品質を誇るオーディオブランドの機器を搭載しています。つまり各メーカーとも最高のオーディオ空間の実現のため、あらゆる努力を惜しみなく尽くしているということ。さて、その結果はどうでしょうか?

評価についての話をする前に、実験の前提となる設定についてご説明しましょう。サウンドシステムの比較検証に際し、注目したのは「一貫性」そして「体系性」の2点です。各車両とも同じプレイリストで試聴を行い、EQ(イコライザー)はニュートラルに設定しました。つまり、高音も低温も可能な限りブーストしない状態にセットしてあります。それぞれの車を実際に走らせ、その間に全曲を再生しました。テストに用いた音源は、Spotifyから最高音質の設定でダウンロードしたオーディオファイルです。ロスレス(編集注:CD音源(16bit/44.1kHz)と同等の音源データ)のFLAC形式とまではいきませんが、十分な音質と言えるでしょう。BluetoothでiPhoneと接続し、再生しました。

秀逸な音響。でも、操作に苦戦したマイバッハ

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上質感極まるメルセデス・マイバッハ「S580」のインターフェイス。ウッディなインテリアトリムとシエナブラウン / ブラックのナッパレザーで仕上げられています。

まずは2022年モデルのメルセデス・マイバッハ「S580」。豪華を極めたセダンですが、ブルメスター製の「ハイエンド4Dサラウンドサウンドシステム」が標準装備されています。マイバッハ以外のメルセデス・ベンツ「Sクラス」では、6730ドル(約90万円)のオプションとなっているシステムです。5発のサブウーファーを含む30個のスピーカー、アンプは2台、合計1750ワットというパワーです。

インターフェイスですが、昨今のハイエンドのシステムの多くがそうであるように、センター部分に設置されたタッチスクリーンに組み込まれています。Bluetoothの設定もそのスクリーンで行いますが、グラフィカルな画面から適切な表示を探し出すだけで2、3分を要してしまいました。途中で操作がさっぱりわからず迷子になって、全く関係のないラジオ放送を爆音で鳴らしてしまい、同乗者の皆さんの耳に大きな衝撃を与える場面もありました。

そこは「Road & Track」(アメリカのカーメディア)のライターでもあるジェイミー・キットマン(They Might Be Giantsの長年のマネージャーでもあり、今回はドライバーも担当)による助けもあり、どうにかことなきを得ることができました。私にとっては恥ずかしい話ですが、彼の手に掛れば事態を収拾にはものの数秒しか要しませんでした。

システムが「オン」になると同時に、音楽が鳴り響きます。しかしそこには、80年代を思わせる、どこか過剰で、位相のちょっとズレた音質も聴こえます。セットアップを誤ったことに気づき、あれこれ調べてみたところ、「パーソナルサウンドプロフィール」というプリセットを設定できることがわかりました。「3Dサウンド」の設定を「ピュア(Pure)」のオプションに切り替えたところ、期待通り、よりナチュラルなサウンドを得ることができました。

テストトラックの1曲目として選んだのは、アレサ・フランクリンの「ロック・ステディ」です。ちょうどマルチトラックレコーディングの黎明期に録音された、70年代のR&Bの名曲です。アレサのピアノに合わせ、ニューオリンズのレジェンドであるドクター・ジョン、ファンクギターの巨匠ロバート・ポップウェルがパーカッションでクレジットされており、ドラムはバーナード・パーディ。まさに鉄壁の布陣です。

パーディと言えばスティーリー・ダンのアルバムが有名ですが、数多の名録音を誇る至高のドラマーであり、オーディオマニアは今でもテスト用音源として彼のプレイを愛用し続けています。アレサの歌声が響くと、演奏は盛り上がりを増し、バスドラムのビートが座席内部からの物理的衝撃となって突き上げてきます。右からはカウベル、左からはクイーカドラム、これぞまさしくステレオサウンドです。

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今回の試聴&試乗テストに向けてプレイリストをつくってきたんです。一発目はアレサ・フランクリン。隠し玉としてMC5も入れてあります。なぜ入れたかって? そのワケはのちほど…。

ちょっと余談を挟むことをお許し願いましょう。カーステレオの長い歴史において、その基本的な欠点と呼ぶべき問題はそれがステレオではなく、左右のチャンネルがブレンドされたモノラルであることでした。楽曲づくりに対する実験的精神が旺盛だったビートルズの熱狂的ファンが、助手席側のドアのスピーカーから流れるボーカルに熱中し、注意散漫な運転にならないようにとの配慮もあったのかもしれません。が、あれは車内のどの座席からでも同じ音楽体験ができるようにという、妥協的解決策の賜物でした。ところがこの車ではどの座席からでも、本物のステレオサウンドが味わえるのです。

レジーナ・スペクターの「フィデリティ」では、温かく繊細なシェイカーの鮮明な響きが見事。つまり、メルセデス・マイバッハはあらゆる曲で高得点を叩き出しました。Qティップの「ビブラント・シング」の低音とクリスピーなループは威厳に満ちたサウンドで、また偉大なオルタナティブバンド、カー・シート・ヘッドレストの「フィル・イン・ザ・ブランク」の疾走感あふれるギターも見事な臨場感です。「現代におけるトップクラスのラグジュアリーカーにとって、オーディオとは何を意味するのか?」、それをこの車は明確に示していると言えるでしょう。

ただし、メルセデス・マイバッハのサウンドシステムに、ひとつ予想外の点が確認されたことも言い添えておくべきでしょう。テストを終えて駐車場へと車を移動させていたキッドマンが、チャンネルをラジオのニュース番組に切り替えた瞬間のことでした。アナウンサーの声が座席を揺らす、ド迫力の低音で車内に鳴り響いたのです。ド迫力の低音を愛する人は多いかもしれませんが、それをニュース番組に求める人などいないでしょう。

操作はわかりやすいものの、音の興奮はマイバッハが優勢か?

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レンジローバーのメリディアンサウンドシステムの音質は、やや控えめに感じられました。ですが、それでも素晴らしいサウンドであることに違いはありません。「レンジローバー『P400SE』」のインターフェースはメルセデス・マイバッハ「S580」に比べて、よりシンプルな見た目となっています。

次の1台は標準価格10万5975ドル(約1400万円)という、15スピーカーのメリディアンサウンドシステム搭載のランドローバー「レンジローバー『P400SE』」2023年モデルです。ここはあえて妥協せず、今回の試乗車に装備されていたパワフルな19スピーカーのメリディアン3Dサラウンドサウンドのシステムのオプションに1200ドル(約16万円)支払ったところで、罰は当たらないでしょう。

レンジローバーのタッチスクリーンはマイバッハのものよりわかりやすく、iPhoneのBluetoothとのペアリングも難なく完了し、音を奏で始めました。実に壮大なサウンドです。そして喜ばしいことに、こちらもフルステレオです。

クインシー・ジョーンズの「デサフィナード」が流れ出すと、そこには60年代初頭のボサノバ・ブーム。さらに、ステレオ録音のレコードブームの当時のままの情景が色鮮やかに立ち現れ、フルートを奏でる右チャンネルが目立ち過ぎることもなく、素晴らしいステレオ体験となりました。周波数特性(編集注:供給値、測定値などの性能量の値または応答が周波数によって変化すること)もほぼ理想的で、マイバッハの分厚い低音にも負けない響きです。

AC/DCの「バック・イン・ブラック」のサウンドはまさにサッカーのフーリガンのような猛々しさを内面に秘めた、クリアにして大胆な音像で再現されました。パンチの効いたベースとギター、シンバルの鮮やかな高音など文句のつけ所がありません。ただし、マイバッハと比べて音量を最大にしても楽曲の輪郭がややぼやけており、意識を奪われるほどの音像体験とまではいきませんでした。

圧倒的。ロールスの傑出した出来に、ただひれ伏すのみでした

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ロールス・ロイス「カリナン・ブラックバッジ」には、「ビスポーク オーディオ」のサウンドシステムを搭載。"オーダーメイド "という言葉を使うことに抵抗がないほど、実に優れています。ロールス・ロイスは最新テクノロジーであってもクラシカルな装いに落とし込む傾向にありますが、それも功を奏していると感じました。

そして最後の1台。この試乗についてはその音質のみならず、車そのものの魅力にもとにかく打ちのめされました。2022年型ロールス・ロイス「カリナン・ブラックバッジ」の衝撃をどう表現すればいいのか…正直なところ、今も気持ちの整理がついていません。イギリスのヘイスティングスに拠店を構える新進のハイエンド・オーディオメーカー、ビスポーク・オーディオのサウンドシステムは16スピーカー、600ワットの音響です。

その音について語る前に、まずはロールス・ロイスという名を冠する車について、少し触れておきたいと思います。これまで経験したアメリカ製ラグジュアリーSUVは単なるミニバンに過ぎなかったのではないかと思ってしまうほど、あらゆる意味で特大サイズの1台です。外装の深い色彩にも唸らされました。威風堂々として欠点など見当たりません。

貴重な車であることは疑うべくもなく、間違っても車体をこすったりするわけにはいかず、縁石に近寄るなど恐ろしくてできません。しかし、単一車線の道幅一杯という大きさですから、あらゆる対向車が敵に見えたとしても誰も私を責めることなどできないでしょう。オーナーになって初めて、「運転すべき車だ」という実感を深めるのと同時に、「そのオーナーでさえ、この車に操られてしまうのではないか?」とも感じました。いっそ透明人間にでもなってしまいたい、そんな気分にさせられたものです。

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Bluetoothのペアリング? それは瞬時に完了しました。サウンドのバランスも素晴らしく、かつ鮮明です。マイルス・デイヴィスの「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」のピアノのうっとりするような中高域の音色、まさに充実の音響です。ジェームス・テイラーの「ユア・スマイリング・フェイス」の穏かなリズムとともに、心地良い空調が動き出したのではないかと思わされるほど完璧なロサンゼルスの70’sサウンドが再現されます。

ビスポーク・オーディオのシステムは傑出しており、これこそ紛れもない勝者です。40万ドル(約5300万円)ほどの標準価格という車ですから、1万800ドル(140万円強)を追加で支払ったところで“誤差の範囲”とは言えないでしょうか?

3台を試した末にたどり着いた、カーオーディオの特性とは?

以上のサウンドシステムはいずれも、カーオーディオの本質を体現する素晴らしいものでした。いずれも驚くほどあたたかく、周波数特性も完璧で、そして本物のステレオサウンドを(ついに!)備えた、どこまでもモダンで優れた驚異的サウンドシステムを搭載した車でした。

展示会場に置かれたテレビセット同様に、カーステレオではやや甘い音色となるようにプリセットされています。このことを証明すべく、今回あえてMC5の「キック・アウト・ザ・ジャムズ」をプレイリストに加えていました。ヘッドフォンやスタジオ用のモニターで聴けば、どうしても攻撃的な印象を残す曲です。このような録音がハイエンドのカーオーディオでは、どのような音色となって表現されるものなのか? それを確認したかったのです。

予想どおりに荒々しさが薄れ、まるで滑らかなロックのようです。最新鋭のシステムによく見受けられる味つけと言えるでしょう。「そもそもスムーズな演奏だった」と言う人もいるかも知れません。ですが、カーオーディオを語るうえで、「鮮明さ」や「正確さ」といった表現が重用されがちであることは紛れもない事実なのです。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です