「911スポーツクラシック」を巡る苦い思い出

私(この記事の著者である自動車評論家のダニエル・パンド氏)が初代ポルシェ「911スポーツクラシック」を初めて目にしたのは2009年、熱気を帯びたドイツ・フランクフルトモーターショーにあって何故かガランとしたブースでのことでした。時差ボケ頭に二日酔いというコンディションで脂汗にまみれた私は、そのブースにちらっと眼をやっただけで、そそくさと通り過ぎてしまったのでした。

「その判断は、もしかしたら間違っていたのかもしれない…」と、今になって思います。それからゆっくり休息を取り、水分を補給し、エアコンの効いた快適な環境に戻ってもなお、展示されていたあの「911スポーツクラシック」の価値をきちんと認識できずにいたのです。

エンジンリッドにダックテールのスポイラーを搭載し、黒いフックスホイール(※編集注:初代ポルシェ「911」に装着されていたフックス社製のホイール)というスタイルは記憶に残るものでした。ですが、「どうせ新発売のレトロ風アクセサリーの宣伝用車両か何かでしょ」と、あのときの私は思い込んでいたのです。

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PORSCHE

そしてそれは、とんでもない勘違いでした…。

ポルシェは、その特別仕様の「997型カレラS」を250台、1台あたり22万5000ドル(約3000万円)ほどの価格で販売する計画を立てていたのです。アルカンターラ(※編集注:イタリアのアルカンターラ社が製造・販売する商標登録されたスエード調人造皮革素材)で装飾された内装の素晴らしさは、確かに一目瞭然です。が、そんなことは本質的な問題ではありません。

2019年にアメリカで開催されたRMサザビーズのオークションでは、「911スポーツクラシック」の低走行車両がなんと65万4000ドル(約8800万円)の値を付けて落札されているのです。アメリカでは、「911スポーツクラシック」の新車販売が行われていませんでした。

これは私に、「投資家としての才能がないこと」を物語るエピソードということになるでしょうか? ポルシェの神聖なる遺産の魅力、そしてその価値の上昇について、私は過小評価していたのです。初代「911スポーツクラシック」に採用されていたフックスホイール、ダックテールスポイラー、そしてビンテージスタイルのグレーのペイント…、それらに留まらず何から何まで価値を見誤っていました。ポルシェの信奉者たちにとって、これらはポルシェの栄光ある過去と現在とをつなぐ、抗(あらが)い難い崇拝の対象そのものだったのです。

新モデル、期待せずにはいられません

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PORSCHE

来るべき2023年に向けて、新型となる「911スポーツクラシック」の展開が計画されているとしても、今や驚くことではないでしょう。

ダックテールスポイラーも当然ながら復活しますが、今回はペイントを施されたカーボンファイバー製となっています。1972年型のポルシェ「911カレラRS2.7」が高速走行時の安定性向上という、ただそれだけの目的であのテールを採用した…当時としてはさんざんに酷評されたスポイラーですが、今や「911」の神聖なる遺産としての価値を持つまでに至りました。

フックス・スタイルのホイールも健在です。ポルシェが1948年から製造を開始したスポーツカーであり、製品名にポルシェの名を冠した初の自動車である「ポルシェ356」の当時を遠く偲(しの)ばせる“ファッション・グレー”を模した“スポーツ・グレーメタリック”は、今回の新モデルのためだけに特別に開発された色彩です。さらに他にも3色が標準色として用意されており、さらにポルシェの人気オプションである“ペイント・トゥ・サンプル”(編集注:個別の要望に応じてカスタマーの仕様に合わせたオーダーメイドの色合いなども選ぶことのできるポルシェ独自のオプション)も選択肢に加えられています。

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さて新型「911スポーツクラシック」ですが、グリーンを配色したメーター類、ドア下の「PORSCHE」のグラフィック、ゴールドのロゴレター、ぺピタ・ファブリックを用いたシートなど、ポルシェらしさを演出するアイテムが随所に光ります。ちなみに“ぺピタ”とは、60年代のポルシェが採用していた白黒の千鳥格子模様のことです。

「911スポーツクラシック」には、ぺピタ以外のシートを選ぶことも可能なようです。が、「そんな選択肢など果たして誰が必要とするのでしょうか?」というのが私の率直な思いです。そして初代同様、今回の新モデルにおいてもエンブレムに“赤”の代わりに“オレンジ色”のラインが用いられおり、これもポルシェ一流のこだわりと見るべきでしょう。

"クラシック”であるために、犠牲にしたことも

私が、ポルシェを茶化しているように聞こえるかもしれませんが、事実としてその通りなのです。ただし私の心の奥底に込められているのは、どこまでも深いポルシェ愛です。私が繰り返し見る夢の一つは、千鳥格子にオレンジ色の世界が広がっていたりするほどなのですから…。

ポルシェは今回の新型「911スポーツクラシック」を、1250台生産するとしています。が、これが単なる“古着のリメイク”でないことは幸いなことです。ターボエンジンにマニュアルトランスミッション、そして後輪駆動という組み合わせの数多の「911」のバリエーションには見られないパワートレインなど、ここにはれっきとしたな“内容”が伴っているのです。

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ご存じのとおり、近年の「911」であれば(「GT3」シリーズを除く)全てのエンジンがツインターボ化されています。この「911スポーツクラシック」もまた、他のターボモデルと同様に大型の可変ジオメトリーターボを搭載した3.7リッターエンジンを搭載しています。543馬力を誇る「911スポーツクラシック」ですが、これは「911ターボ」と比べ29馬力少なく、「911ターボS」と比べればなんと97馬力も劣る数字です。

これは、いかなる理由によるものでしょうか? ポルシェによれば、「これはマニュアルトランスミッションのトルク制限のためにパワーを落とさざるをえなかった結果」とのこと。「911スポーツクラシック」をより正しく“クラシック”な姿にするためには、現在の「911ターボ」のリアフェンダー部分にあるエアインテークを排除しなければならず、そのためのパワー削減というのが理由のようです。

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また、ターボモデルでは通常の仕様となっている全輪駆動システムとデュアルクラッチオートマチックトランスミッションを外したことで、「911スポーツクラシック」の車体重量は3468ポンド(約1573キロ)となっており、100キロ以上の軽量化を実現しています。ただし、セラミックコンポジットブレーキ、リアアクスルステアリング、PDCCアクティブアンチロールコントロール、PASMアダプディブスポーツサスペンションといったポルシェの高価な限定モデルには、必須のパフォーマンス機能についてはフル装備されています。

ところで、肝心の「スポーツクラシック」の走行性能についてはどうでしょうか?

レトロな感触を持つ往年のポルシェとは、全く異なるフィーリングに仕上がっています。現代の「911」の中では「GT3」こそが、「911カレラRS2.7」の精神をそのまま受け継いだモデルと言えるでしょう。ですがその「GT3」でさえ、50年前に生み出された元祖と比べれば大きな変化を遂げています。

「911スポーツクラシック」はどちらかと言えば、「992」世代の「911」シリーズと似たフィーリングに仕上がっています。つまり、どっしりとした安定感を備えているのです。どのような路面状況でも難なく走破する車という感じでしょうか? 正確性に富み、驚くほど優秀であり快適で目もくらむばかりの速さです。

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「911」シリーズの他のモデルと同様にこの「スポーツクラシック」にも、いかなる困難をも平然と乗り越えていくだけの懐の深さがあります。ただし、ヴィンテージの「911」や新型の「GT3」に見られる独特の個性はありません。欠点のない、完璧でクリーンな仕上がりなのです。

マニュアルギアボックスが採用されていることで、「車らしい車」と言えることは間違いありません。ただしターボエンジンのトルク(2000rpmのピーク時で442lb-ft)ゆえ、シフト操作の必要はそれほどありません。「GT3」のあのタイトで高速な6速マニュアルトランスミッションとは異なり、優秀な7速マニュアルが採用されています。

歴代ポルシェの存在を感じさせる「911スポーツクラシック」の存在感に、私の鼓動が高鳴ります。今度ばかりは立ち去ることはせず、過去の名車と奏でるそのハーモニーを堪能する悦楽の時間となりました。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です