1997年に初代「プリウス」の発売を開始してからずっと、トヨタは世界のハイブリッド市場をリードする存在でした。ピュアEVへの移行が加速する現在の自動車業界にあってなお、トヨタのハイブリッド車へのこだわりは一貫しています。

同社は最新型となる2023年モデルの「クラウン」セダンのデビューに伴い、「HYBRID MAX」の名を冠したパフォーマンス志向のハイブリッドシステムを開発。これを新たなエンターテイメントとして世に送り出そうとしています。

アメリカのカーメディア「ロードアンドトラック(Road and Track)」は先日、この新型パフォーマンス志向のハイブリッドシステムの性能を見極め、そのターゲット層を把握するためにテネシー州ナッシュビルでトヨタを取材しています。ところがその取材の結果、「謎はさらに深まる…」という事態に直面することになったのです。

“挑戦”と“進化”への渇望。セダンの定義そのものを再考させる野心的な1台

アメリカで「クラウン」が展開されるのは、もちろん今回が初めてではありません。ですが1972年以来の初展開となるため、いくつかはっきりしない点があるのも事実です。トヨタ「クラウン」と言えば、JDM(※編集注:「Japanese Domestic Market=日本国内市場」の頭文字。日本市場のみで販売された車のインポート)の世界では同社のフラグシップモデルである「センチュリー」に次ぐ高級セダンとして、アメリカ国内でもよく知られた存在です。

しかしながら、この車高のある新型モデルを目にした誰かがコンパクト・クロスオーバーと勘違いしたとしても、責めることはできないでしょう。つまり、新型「クラウン」は非常に分類が困難な車なのです。60.6インチ(約154センチ)の全高は、「カムリ」より4インチ(約10センチ)ほど高く設計されています。全長は194インチ(約493センチ)。ファミリー向けSUV「ハイランダー」より、わずかに1インチ(2.5センチ)短いに過ぎません。21インチ(約53センチ)という大径ホイールも分類をややこしくしています。

この新型「クラウン」によって、セダンというセグメントそのものを再定義したいとするトヨタですが、スタイリングの及ぼす混乱については自らよく承知しているようです。

チーフエンジニアの皿田明弘氏によれば、「クラウン」という名で「何か新しいこと」にチャレンジして欲しいという豊田章男CEOの強い要望に応え、今回のプロジェクトが始動したということ。セダンの販売台数がSUVやクロスオーバーに遅れをとるアメリカ市場において、セダンの復権をもくろんだ結果として新型「クラウン」の投入が計画されたというのです。

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「日本においては特に、快適性こそが『クラウン』の名を冠する車の代名詞となっており、象徴とも呼べる個性として定着しています」と、皿田氏は「Road and Track」の取材に対して述べています。

「同時に、『クラウン』はそれぞれの時代や個々のモデルを通じて常に新たなチャレンジを行い、進化していくべき存在であるという使命を帯びてもいるのです。これら2つの要素を融合した結果、今回の新型モデルのように乗り降りの非常に楽な1台として結実したと言えるでしょう。快適で、運転していても疲れにくいことは確かです。実に楽しい車に仕上がっています。もちろん日本で『クラウン』と言えば、すなわちセダンというイメージです。そこで私たちはセダンの定義そのものを見直そうと考え、この時代にマッチしたものを生み出すことに注力したのです。開発においては、それら全ての要素の融合が目標となりました」

ハンドルを握ってすぐに、見た目以上の存在であることを感じました

今回の新型「クラウン」、アメリカ向けには、「XLE」、「リミテッド」、「プラチナム」の3グレードがラインナップされ、「カムリ」、「アバロン」、「Rav4」、そして「ハイランダー」などを支える「TNGA-Kプラットフォーム」をベースに設計されています。いずれも「クラウン」の目指すラグジュアリーカーとは異なりますが、だからこそ「TNGA-Kプラットフォーム」の徹底的な見直しが、この新型「クラウン」のために行われました。

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サスペンションに目を向ければ、フロントがマクファーソンストラット式、リアがマルチリンクの独立懸架式となっています。「XLE」と「リミテッド」の両モデルには、2.5リッター自然吸気4気筒エンジンに前後の電動モーターを組み合わせたTHS(Toyota Hybrid System=トヨタ・ハイブリッドシステム)が採用されています。THS搭載モデルの最高出力は計263馬力となっています。

今回のパワートレインのために特別設計されたCVTギアボックスが組み合わされたことで、市街地では42mpg、高速道路では41mpgの燃費効率を実現しています。ドラッグレース向きの車ではないかもしれませんが、それでも「XLE」と「リミテッド」の0-100km/h加速は7.6秒という堂々たる性能を誇ります。

パワー志向の人にとって朗報となるのは、最上位モデルとなる「プラチナム」に搭載されている「HYBRID MAX」という新型パワートレインでしょう。2.4リッター4気筒ターボチャージャーにフロントマウントの電動モーターが組み合わされたパワートレインによって、エンジンのトルクカーブに生じるギャップを埋めるべく292N・mのトルクが上乗せされています。

リアには水冷式のeAxle(イーアクスル)を搭載した、全輪駆動となっています。340馬力に542N・mという仕様については同価格帯の高級セダンと比べて見落とりしません。生み出されたパワーは湿式/乾式の両方のクラッチシステムを採用した伝統的6速オートマチックギアボックスを経て伝達され、CVT搭載モデルよりさらに快適なドライビングエクスペリエンスを実現しています。「プラチナム」のアクセルを踏み込めば0-100km/h加速は5.7秒、また市街地で29mpg、高速道路で32mpgという燃費効率です。

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テネシー州フランクリン郊外の、カーブの多い裏道での「HYBRID MAX」を搭載した「プラチナム」の試乗が、筆者(「Road and Track」編集部のルーカス・ベル氏)にとっての2023年型「クラウン」の初体験となりました。セダンとしてはやや奇妙とも言えるプロポーションとは裏腹に、見た目以上の1台であることを運転席に座ってすぐに直感しました。

シートの高さは大幅な調節が可能で、覚悟したほどの高い位置で運転する必要はありませんでした。プッシュボタンを押して「クラウン」をスタートさせると、まずは完全電動モードで走り出し、アクセルを深く踏み込んでより大きなパワーを求めると、そこで初めてガソリンエンジンが起動します。トヨタのハイブリッド車におなじみの、あの感覚が立ち現れるのです。

さらに深くアクセルを踏めば、「クラウン」はこれまでのトヨタのハイブリッド車とは全く異なる迫力を見せてくれます。トルクが瞬時に高まり、ギアボックスが機敏なシフトチェンジを行います。ただし、立ち上がりにパワーの欲しい低速コーナーにおいて、何度かシフトダウンを拒否されてしまったことをお伝えしておきましょう。エンジン音についてはたまにターボが唸りを上げる程度で、ボンネットの内部で何が起きているのかをこちらの耳に届けてくれるほどではありませんでした。

「プラチナム」に採用されているフルタイム電子制御全輪駆動システムのおかげで、「カムリ」や「カローラ」には見られない、確かな足回りの良さが「クラウン」の上位モデルには備わっています。フロントとリアのパワーバランスを70:30~20:80の間で調節することを可能にするシステムで、伝統的な後輪駆動車の感覚を楽しむこともできるのです。

チーフエンジニア「エモーショナルな感覚がこの車にはあります」

さて、気になる新型パワートレインの「HYBRID MAX」ですが、燃費を少しばかり犠牲にしてはいますが、たっぷりとした出力を生かしたエキサイティングな走り実現すべく設計されていることは間違いありません。

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「ドライバーにとって快適なフィーリングを生み出すために、4本のタイヤをいかに働かせるか? それがわれわれにとっての課題でした」と皿田氏は振り返ります。

「そこには当然のことながら、ターンインの良さやステアリングの反応も含まれます。リアの電動モーターはそのための効果的な武器となりました。今回の開発は、車を現実にどう走らせるべきか? を試すための素晴らしい機会です。後輪のパワーから推進力を得る際の『エモーショナル』とでも言いたくなるほどの衝撃には、まさに特筆すべきものがあるはずです。かなり独特で、感情を揺さぶるような感覚なのです」

「クラウン」でコーナーに進入すると、トヨタがこの新型プラットフォームに込めた思いがより鮮明に伝わってきます。コーナー進入時のターンインはシャープでレスポンスに優れ、後輪の電動モーターが車の理想的なライン取りをサポートしようと奮闘している…そんな手応えが感じられます。「スポーツS+モード」に切り替えると、アダプティブ・バリアブル・サスペンションがその実力を余すことなく発揮し、他のモードで起こりがちな横揺れが解消されていることをはっきりと実感できます。「スポーツS+モード」でのステアリングの負荷は、やや人工的な感じがしないでもありません。が、それでも歓迎すべき重厚感であることは間違いありません。標準的な前輪駆動のセダンと比べ、かなり進化した車であることは一目瞭然です。

ところで、これはハイブリッド車にありがちなことですが、4300ポンド(約1950kg)という「クラウン」プラチナムの車両重量は決して軽量とは言えません。フロント12.9インチ(約33センチ)、バック12.5インチ(約32センチ)のブレーキを強く効かせれば特にその重量を実感することになります。しかし、このブレーキについてはスポーツタイプの4ドアに求められるほどの信頼感は得られず、その点に限ってはキア「スティンガー」には及ばないというのが私の感想です。

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その他、THS(Toyota Hybrid System)搭載の「クラウン」の各モデルでは、ドライビングエクスペリエンスがまた大きく異なります。四輪駆動システムはオンデマンドの設計になっており、大きなグリップが必要な場面でのみリアにパワーを供給します。その理由は「プラチナム」に見られるような、パフォーマンス志向のチューニングが施されていないためです。そのためフィーリングは前輪駆動の一般的なハイブリッド車に近く、ノーズが重く、プッシュした走りをしようと思うとアンダーステア気味になる傾向があります。CVTギアボックスの実力も存分に発揮されているとは感じられず、他の競合車と比べてノイズの多さが気になります。それは、まだ生産に入る前のプロトタイプの段階であることが原因なのかもしれません。

「クラウン」の各モデルのインテリアは、伝統的セダンをさらにグレードアップしたものとなっています。「XLE」モデルのシートにはポールスター社製品を彷彿とさせるソフテックス製の高級素材が採用されていますが、これは他のトヨタ車には使われていないものです。「クラウン」ならではの高級感の演出と言えるでしょう。前部座席はヒーター機能付きの8way電動パワーシート。12.3インチのインフォテインメントスクリーンを搭載し、Apple CarPlayとAndroid Autoのいずれにも対応しています。

スイッチ類は充実していますが、ラジオチューナー用のツマミがないのは運転中に不便かもしれません。その点についてトヨタは音声コントロールでの解決を試みていますが、思ったとおりに反応してくれず、私にはやや不満が残りました。これもまたプロトタイプ段階の車両だったからかもしれません。「リミテッド」と「プラチナム」の各モデル用には11基のスピーカー搭載のJBLプレミアムオーディオシステムが装備されることがわかっていますが、私が試乗したプロトタイプにはまだ実装されていませんでした。

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試乗してみた感想ですが、「ハイブリッド車の可能性の限界に挑戦した意欲作」というひと言で、この新型「クラウン」の全てを定義づけられるように思います。ラグジュアリーセダンや遊び心を追求したクロスオーバーなどより、はるかに上質のドライビングエクスペリエンスが用意されていると言えるでしょう。

とは言え、他社の同カテゴリーの車と比べ自信に満ちあふれているわけでも、華美なわけでもありません。キア「スティンガー」やアキュラ「インテグラ」のようにスポーティでもなければ、ボルボ車のように洗練されたインテリアというわけでもないのです。「プラチナム」モデルのツートンカラーは確かに斬新かも知れませんが、ルックスについては賛否両論が巻き起こるかもしれません。

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アメリカ国内で価格的に競合となるのは、BMW「330i xDrive」や全装備を搭載したアキュラ「インテグラ Aスペック」などの存在が見えてきます。それら2台ならすでに確固たるアイデンティティを持っており、ターゲット層を思い描くことは容易にできます。一方で、疑似SUVセダンとでも呼ぶべき「クラウン」はどのようなターゲット層に向けてつくられたのか? そこまで明確ではないように個人的には見受けられます。

とは言え、「HYBRID MAX」の新型パワートレインを打ち出すには最高の車に仕上がっているという点については疑いの余地などありません。近い将来、他のトヨタ車にもこのパワートレインが採用されることを期待したくなるほどです。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です