• 現代アート界の最旬情報が行き交うACK。
    会場の様子をレポート

「Art Collaboration Kyoto(以下、ACK)」 とは、2021年から京都で新たに始まったアートフェアです。メイン会場となるのは、自然と建築美が融合する国立京都国際会館。ACKの開催形式はアートフェアでは珍しく、日本のギャラリーが海外のギャラリーとブースをシェアして展示を企画するという、その名のとおり“コラボレーション”が光るアートフェアとなります。

現代アートに通ずる人たちが一堂に会するACKの目的には、「アート市場活性化」「担い手の育成」「アーティストの活動の場」「街の活性化」があります。舞台となる京都の街は美術・芸術系の大学も多く、さらに国内外から人が押し寄せる都市とあって、アートを発信していくにはぴったりの土地のように感じました。

2022年度は11月17日(木)~20日(日)<一般公開は18日(金)~>に開催され、国内外から64のギャラリーが参加。メイン会場には約200点の作品が並んだと言います。そのメイン会場へ足を踏み入れると、そこはアートを求めて訪れた人やギャラリスト(美術商)たちによって活気に満ちあふれていました。

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Photo : Omote Nobutada / ACK
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Photo : Omote Nobutada / ACK

京都の街並みをイメージしたという会場レイアウトは、入り組んでいて迷子になりそうなほど…(実際に、目的のギャラリーを探してさまよってしまいました)。

けれどもそこには、「街歩きをするような感覚でアートとの出合いを楽しんでいただきたい」という想いもあると言います。確かに、「この角を曲がったら次はどんな作品があるのだろうか?」とワクワクしながら鑑賞することができました。

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Photo : Omote Nobutada / ACK

また2022年度は、メイン会場にとどまらず、京都市内の各所でサテライト企画が実施されました。例えば、国の重要文化財に指定されている「本願寺伝道院」での特別展。ここにはキュレトリアルテーマ「時間の花」に基づき、プログラムディレクターを務める山下有佳子さんによるキュレーションで9組の作家の作品が展示されました。

個人的に印象に残ったのは、ユージーン・スタジオの彫刻作品『想像 #1 man』。暗闇で作家により作られ暗闇の部屋で展示されるため、誰一人、全容を見ることのない作品です。真っ暗になった部屋を感覚だけを頼りに進み、手で触れて作品を鑑賞します。

腕時計や携帯など、光るものは部屋に入る前にひとたび預け、目を開けていても何も見えないほど暗い中を進んでいきます。作品にぶつからないか不安で仕方なかったですが無事にたどりつき、そのときは安堵するとともに不思議と作品から温かみを感じることができました。ギャラリーのスタッフに聞くと、触ったときの受け取り方が人によって違うのだとか…。それもまた面白く、アートの奥深さのように思います。

本願寺伝道院
Photo : Omote Nobutada / ACK
本願寺伝道院までは、ACKのメイン会場からシャトルバスが走行。通常、本願寺伝道院の内部は非公開ですが、ACKの会期中は中へ入って鑑賞できます。写っているのは、リー・ミンウェイ作『水仙との百日』。亡くなった祖母との思い出の花である水仙の球根を植え、100日間にわたって生活を共にしたという作品です

以前より、「日本のアート市場は弱い」と言われています。例えばART MARKET REPORTの「日本のアート産業市場調査2021(エートーキョー / 芸術と創造 調べ)」によると、2020年の世界の市場規模5.2兆円に対し、日本(国内事業者の市場規模)は1929億円しかありません(調査の市場規模の推計方法・定義などが国により異なるため、あくまでも参考値としての位置づけですが…)。

そんな背景を知りながらも目にしたACKの盛り上がりは、日本のアート市場における希望の光のように思えました。年々規模を拡大させているACKの姿勢からもそれを感じさせますが、ACKはどのような存在となることを目指そうとしているのでしょうか。

そこで開催を終えてひと段落されたタイミングで、今回のプログラムディレクターを務めた山下さんにインタビュー。2022年度の反響やこれからのビジョンについて語っていただきました。

山下有佳子
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山下有佳子さん
慶應義塾大学卒業後、ロンドンのサザビーズ・インスティチュート・オブ・アートにて アート・ビジネス修士課程を修了。2011年より2017年まで、サザビーズロンドン中国陶磁器部門でのインターンを経て、サザビーズジャパンにて現代アートを担当する。2017年にギャラリー『THE CLUB』を設立し、2020年より京都芸術大学の客員教授に就任

アート市場における
ACKの存在意義とは

国籍や年齢も問わず
アートに触れられる機会を創出する

エスクァイア:ACKの会場では、訪れた方のアートへの熱量を強く感じましたが、山下さんご自身はその感触や手ごたえはありましたか?

プログラムディレクター 山下有佳子さん(以下、山下):ACKは国際的なアートフェアとしてコロナ禍の2021年より開催しましたが、2022年は水際対策が緩和された影響もあって、ギャラリストの方も含めて海外の方にも来場していただけました。2021年の来場者数は約1万3000人でしたが、2022年は約1万5000人。この数字から見ても、より多くの方を巻き込むことができたイベントになったと感じています。

京都市京セラ美術館
京都市京セラ美術館で関係者を招いて開かれたパーティーでは多くの人が集い、アーティストたちのパフォーマンスで盛り上がりを見せました。

山下:私自身は2022年度のACKでプログラムディレクターに就任したのですが、今回は新たな試みも取り入れました。

例えば、キュレトリアルテーマを設けたこと。アートフェアでテーマが設けられるのは、まだあまり例がないことなのです。が、「世界に多様なアートフェアがある中で一つの軸を設けることで、ACKのアイデンティティをしっかりと伝えられるのではないか」と考えました。国内外からさまざまな方が訪れるため、今の時代性を象徴し、かつ多くの方が共感いただけるような包括的なテーマにしています。

加えて、国内外から識者を招いて実施したトークプログラムやキッズプログラムなど、コンテンツを充実させたことも今回のACKの特徴です。

私たちは、「次世代(子どもたち)の支援」も重要なミッションと考えています。そこで今回は、会場の目立つところに子どもたちが興味を引きそうなバルーンハウスのオブジェを展示したり、キッズプログラムではワークショップに加えてアートフェアの会場内をまわっていただくツアーを開催したりもしました。

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Photo : Omote Nobutada / ACK
インドネシアを中心に活動するアーティストユニット、「トロマラマ」によるインスタレーション作品(展示空間を含めて作品とみなすアート)。逆さ吊りのバルーンハウスの周囲にはヘルメットが吊り下げられ、その中にスピーカーが入っています。子どもたちがそこに耳を当てたり、バルーンハウスに触れたりという体験型のアートとして多くの人が参加してくれたそうです

山下:実際にキッズプログラムに参加されたお子さんの、印象的なエピソードがあります。ちょうどその子が絵を描くところに立ち会ったのですが、とても意欲的に描かれていて驚きました。

と言うのも、その子とは2022年の春にも会ったことがあったのですが、そのときは「何かをつくろう」となっても、30分ほど全然手が動かなかったのです。アートに触れたことよるポジティブな変化が目に見えたことは、とてもうれしく思っています。

エスクァイア:「次世代への支援」ということですが、海外在住経験のある山下さんにとって子どもたちがアートに触れる環境について、日本と海外での違いを感じる点はありますか?

山下:私がイギリスに住んでいたときには、平日でも美術館に行くと毎回と言っていいほど学校の授業で来ている子どもたちがいたり、アートフェアでは親子で回っている光景も多く見られました。ですが日本では、なかなかそんな光景は見られないのが現状に感じられます。

それは一概に、「日本には、『子どもにアートを触れさせよう』という考えがない」ということを言っているのではありません。子どもが、アートを鑑賞できる場所が少ないのだと思うのです。

きっと親御さんが、「美術館のような静かな空間で、子どもが騒いでもいいのだろうか…」という心配があるためでしょう。実は今回のACKでも、会期中にお客さまから「子どもをACKに連れて行っていいですか?」という問い合わせがありまして…。「アートフェアに対して、そういうイメージを抱かれているのか?」とショックを受けました。

なので、親御さんが「子どもを連れて行ってもいいんだ」と思えるような環境を、私たち受け入れていく側が整え、それを知っていただくことが大事なことだと考えています。ACKでは、先ほどお話ししたキッズプログラムもご用意していますし、ウェルカムな体制を整えていますので、今後もぜひお子さまと一緒にアートを楽しんでいただきたいです。

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Photo : Nakagawa Ai / ACK

日本のアート市場と京都の発展に
貢献していく

エスクァイア:ACKは「アート市場活性化」を、目的の一つに掲げられています。日本のアート市場は海外に比べると弱いとされていますが、その課題を解決するためにはどのように取り組んでいきますか?

山下:多種多様な作品を見られる機会を提供していくことが、私たちの存在意義と考えています。そこには主として、3つの柱を用意しています。1つ目は、アートに触れる機会の創出です。2022年度のACKは終了しましたが、Webサイトを通じたアート作品の紹介やプログラムの無料配信など、会期中にとどまらない発信をしていきます(順次公開YouTubeチャンネル)。

アートフェア自体がアート界でも大きな組織と言えますので、アート界に与えるインパクトもあると思っています。そこで、世界のアート界で今起きていることを日本でも知っていただける機会を創出する、いわばカンファレンス(話し合いを伴った協議会)としての役割を強めようとしているところです。

2つ目は、経済効果があることを認知させていくこと。今年は売り上げが4億を超えましたが、アートがビジネスとして成り立つと伝えることがアート市場の発展につながっていくと考えています。そして3つ目が、雇用の捻出。地元の学生たちやアーティストをやりながら生きていくために仕事を探している人たちに、働けるきっかけをもたらすことです。この3つの柱を大切にしながら、ACKを継続して開催していきたいと思っています。

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Photo : Omote Nobutada / ACK
メイン会場の国立京都国際会館では、「ギャラリーコラボレーション」と「キョウトミーティング」の2つのセクションを設けており、「キョウトミーティング」では京都にゆかりのあるアーティストもしくはギャラリーに絞って作品が集められました。海外から訪れたコレクターから「ここでしか見られないアーティストの作品を買いたい」という声もあり、紹介したところ非常に喜ばれたとのこと

エスクァイア:開催場所である京都の街の活性化も目的とされていますが、こちらはどのように取り組んでいこうとお考えですか?

山下:京都の個性を発信していくこと、それが重要だと考えています。京都自体にもともと魅力はあるのですが、「秘すれば花」と言いますか、外に強く出されていないイメージがありまして…。だからこそ新しく何かをつくり出すのではなく、魅力をより多くの方に伝えられるよう、ACKがハブとなって京都全体が盛り上がるよう取り組んでいきたいと考えています。

また、京都の魅力の一つである歴史・文化にアートによる国際的な息吹を吹き込んで、京都の街に現代アートをより根づかせることが、私たちのミッションでもあります。

今回は京都市内でサテライト会場となった本願寺伝道院をはじめ、寺社仏閣といった日本の歴史的な建築を会場とした展覧会が開催されていて、それをACKと協働とする形をとっていました。これからも、このようなアートを通じて日本の歴史文化に触れていただけるきっかけをつくっていこうとしています。

さらに京都を地盤とする企業の方に協賛企業として参加していただいたり、飲食店の方に会場内でフードワゴンやお菓子を提供していただいたり、小学校からお子さまをお招きしてワークショップを開催したり、京都の皆さまとのつながりを大切にしながら開催できたのは大きいことでした。

本願寺伝道院
Photo : Omote Nobutada / ACK
サテライト会場となった本願寺伝道院
フードトラック
Photo : Studio Sugarl / ACK
会場内で出店していたフードトラック

京都に現代アートが根づくには一朝一夕にはいきません、時間がかかります。回を重ねるごとにつながりをつくり、それを深めていく。そうすることで最終的に、より多くの京都の方々にACKを認知していただくことで、長く愛されるような環境は整えることができるのではないかと考えています。

そのためには、ACKを継続していくことが何よりも重要となります。「日本と海外のギャラリーがコラボレーションするアートフェア」というACKの個性を大事にしながら、アート界全体そして京都という街の発展に貢献する存在として、ACKは在り続けていきます。

山下有佳子
Photo : Omote Nobutada / ACK
メイン会場にて、ゲストキュレーターのジャムさんと

Art Collaboration Kyoto
公式サイト