「政治家のくせに政府を
介さずに外交」は悪いのか?

「ロシアのスパイが祖国に帰ったぞ!」
「こんな売国奴はもう二度と戻ってこなくていい」
「日本が税金で応援をしている戦争の相手国にすり寄るなど国賊ものだ」

ロシアに行って、ルデンコ外務次官と会談をした鈴木宗男・参議院議員に対して、愛国心あふれる人々の怒りが爆発している。所属政党「日本維新の会」への届出をせず海外渡航をしたことで処分が検討されているというニュースが報じられて、火がついた形だ。

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怒れる人々の意見を見ていると、鈴木氏が「国賊」と叩かれている理由がだいたい以下に集約される。

「政治家のくせに政府の渡航中止勧告を無視して、政府を介さずに外交をしているところが許せない」

ただ、この主張はかなりユニークだ。国際社会では、戦争終結のためならば、あらゆる対話チャンネルを活用するのは「常識」だからだ。市民の犠牲をなくすため、戦争当事国にあらゆる方向から対話をする。そこでは、さまざまな人間が政府を介さずに水面下で接触・対話をするということは珍しくないのだ。

そういう意味でも、筆者としては、鈴木氏の「個人外交」は悪くないと思っている。また、国会議員がけしからんというが、国会議員だからこそ、ロシアのような国に行くべきだとも考えている。なぜか。

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「対話」でしか終わらぬ戦争、
今対話できるのは誰か

例えば、今年4月にアメリカの元政府高官らがニューヨークでロシアのラブロフ外相と極秘会談し、停戦に向けた交渉の糸口を探っていた、ということをアメリカのNBCテレビが報じた。

この元政府高官はバイデン政権の指示で動いたわけではない。つまり、立場としては鈴木宗男氏とほぼ同じ「政府を介さない個人外交」をしていたわけだ。

この報道後、アメリカ社会で「なに?ロシアの高官と政府を介さずに会談をしただと?そんな国賊はさっさと捕まえて反逆罪にしろ!」みたいな大騒ぎにはなっていない。これでわかるように、泥沼化した戦争を終結させるために、公式・非公式を問わずありとあらゆる「対話チャンネル」を利用することは当たり前だ。実際、報道によれば、この元高官が得た情報は、ホワイトハウスに共有されたという。

「政府を介した外交」だけではどうしても建前的な対話しかできないので、戦争や紛争のような国家間の利害が衝突する「本音ベース」の対話ができない。政府の会談内容はオープンにされるので、自国民にもどんな交渉をしたのかが伝わって、政権の支持率などにも露骨に影響が出てしまうからだ。

昨年11月、アメリカのジェイク・サリヴァン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、アメリカの利益のために、アメリカ政府とロシア政府の対話チャンネルは開かれたままだと認めたように、この泥沼化した戦争を最終的に終わらせるのは、「対話」しかないことは明らかだ。

「戦争」というものを映画やマンガでしか知らない人は、「悪の帝国」を正義の国が団結してみんなで追いつめて、独裁者プーチンが「私が悪うございました」と泣いて降参してめでたしめでたし……という理想的なストーリーを思い描いているだろうが、現実世界でそのような終わり方をした戦争はほとんどない。

相手の軍は撤退しても内戦が長期化するとか、国が分断されるとか悲惨なことになって、今以上に多くの人が死ぬ。最悪、かつての日本のように「一億総玉砕」とか徹底抗戦を叫んでいるうちに、核兵器などの大量破壊兵器を使われる恐れもある。

しかも、西側諸国と日本はそれなりに団結しているが、世界にはロシアの「友好国」や「中立国」が山ほどある。つまり、1年くらい前に盛んに言われた、「ロシアを国際社会の中で孤立させて戦争をやめさせる」というのは夢物語に過ぎないのだ。だから、国連もどうにかしてプーチンと「対話」しようとしている。

そういう世界の現実を踏まえれば、ロシアとズブ……ではなく、太いパイプのある鈴木宗男氏が、「個人外交」をすることを何も問題はない。

「親ロシアの鈴木氏が行ってもロシアに利用されるだけだ」とか言う人もいるが、そもそも平時から外交というのは「狐と狸の化かし合い」である。

ロシア側は鈴木氏にこういう情報をつかませてきた、ということを想定しつつ、日本政府も鈴木氏から情報を得ればいいし、鈴木氏のパイプを逆に利用すればいいだけの話だ。

という話を聞いても、腹の虫がおさまらない人も多いだろう。そういう方たちがよく言うのは、「政府が渡航中止勧告をして、国家間に緊張が走っているこのタイミングで、国会議員が行くのは背信行為」というものだ。

しかし、個人的には国会議員という立場だからこそ、今のように両国の関係が冷え込んでいる時だからこそ、ロシアに行くべきだと考えている。

なぜかというと、「日本人」の安全を守るためだ。

鈴木宗男
Koichi Kamoshida//Getty Images
写真は2002年3月15日に、自民党本部で記者会見する鈴木宗男氏。鈴木氏は、自民党の政治倫理審査会における外務省を中心とした不祥事の追及を受け、議員辞職を申し出た。

政府が日本人を
救えないパターンも、
では誰が助けてくれる?

「今の時期にロシアに行くとは何事だ!」と叫んでいる人からすれば意外かもしれないが、実は今もロシアでは普通に日本人が生活をして、普通に日本企業が経済活動をおこなっている。

外務省領事局政策課の「海外在留邦人数」によれば、令和4年10月1日時点で1321人の日本人がロシアで生活をしている。また、「海外進出日系企業拠点数調査」でもロシアには380の企業拠点がある。

当たり前の話だが、海外にいる「邦人」の安全を確保することは日本国がやらなくてはいけないことだ。なので、政府はその国に、邦人や日系企業の安全確保で協力を依頼する。

しかし、岸田政権はアメリカやEU側の立場を貫いているので、ロシア政府からは「非友好国」扱いだ。そんな国の頼みをロシアが素直に受け入れるわけがない。

つまり、もしも何か不測の事態が起きて、ロシア政府と日本政府が決定的な「断絶」をした際、日本政府は1321人と380の企業の安全確保が十分にできないことになるのだ。そうならないために、鈴木氏のような親ロシア政治家のパイプを維持して、活用できるように準備しておくことは非常に重要だ。

「はあ?日本政府が海外の邦人を助けられないなんてことがあるわけないだろ」という声が聞こえてきそうだが、割とよくある。

わかりやすいのは、湾岸戦争だ。

アントニオ猪木が「個人外交」で
救出した湾岸戦争下の日本人

1990年8月、イラクのサダム・フセイン大統領(当時)が率いる軍隊が、クウェートに侵攻して一方的に併合を宣言した。この両国に駐在していた多くの民間外国人は帰国を許されず、日本人も多数が戦略拠点に「人質」として留めおかれていた。

もちろん、日本政府としては「邦人保護」は何よりも優先すべきことなので、「公式対話チャンネル」を用いてイラクやクウェートに働きかけた。が、無理だった。1991年初頭に幕を開ける湾岸戦争の前で、緊張が極限まで高まっていたからだ。結局、イラクで日本人46人(家族含む)が事実上の人質となった。

そこに、1人の参議院議員が単身乗り込んだ。故・アントニオ猪木氏だ。

90年12月にイラクで「スポーツと平和の祭典」というイベントを開催、政府の高官と会談して、「個人外交」を展開した。

まさしく、今回の鈴木氏と同じことをしたのである。だから当然、この時も愛国心あふれる人々からは「国賊」扱いでボロカスに叩かれた。政治評論家は、プロレスラーならいざ知らず、国会議員のバッジをつけている者が、パフォーマンスに走るなど言語道断だとぶった斬った。「独裁者・フセインにこびて国際社会に誤ったメッセージを与える」「素人が余計なことをして人質が殺されたらどう責任を取るのだ」とイベントを開催した猪木氏を罵った。

しかし、プロレスラーとして中東でも抜群の知名度とコネのある猪木氏は、最終的にフセイン大統領と交渉をして、46人を全員救出した。

政府が渡航中止勧告を出している国に、参議院議員が単身で乗り込んで、「政府を介さない外交」をしたおかげで、「邦人」の安全を確保することができた。

「国賊」と批判を浴びながら猪木氏が動かなかったら、あの戦火の中で日本人の安全はどうなっていたのか、考えるだけでも恐ろしい。

これが「戦争」というものだ。「政府を介した外交」だけで「独裁者」が心を入れ替えて、軍が撤退をするのなら、そもそもウクライナ戦争はこんなに長期化していない。

ロシアを孤立化させろ、プーチンを追いつめろ、と叫んでいるのは、テレビで野次馬的に戦争を見物している人々からすれば、「勧善懲悪ショー」に参加しているようで気持ちいいだろうが、「現実の戦争」は野球や五輪のように白黒がつく勝負ではないのだ。

ロシアにはロシアの「正義」があるし、ロシアについている国もまだたくさんある。長期化すればするほど、死者が増えていくこの状況を止めるには、早急に「対話」をして両国の落とし所を探っていくしかない。そして、その仲介役は、ロシアと対話ができる第三国が担うしかないのだ。

今、その役目は中国やインドが期待されている。しかし、日本にもロシアとはこれまで密接な関係を続けてきた人も少なくない。その代表が、鈴木宗男氏である。

猪木氏と同じように、鈴木氏の「政府を介さない個人外交」もいつか歴史的な評価をされる時がくるかもしれない。

※所属政党は記事掲載当時のものです。

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