「パーティー券問題」発覚で
安倍派幹部「5人衆」が失脚か

自民党の最大派閥「清和政策研究会」(安倍派)に所属する議員が、パーティー券収入の一部を“裏金化”していた疑惑が浮上し、岸田文雄政権を揺るがす大問題となっている。岸田首相は問題発覚を受け、裏金を受け取った疑いがある人物を政権の要職から排除する方針を固めた。

更迭の対象は、松野博一官房長官、西村康稔経済産業相、萩生田光一党政調会長、高木毅党国会対策委員長。世耕弘成党参院幹事長の交代も検討中だと報じられている。彼らが一掃された暁には、いわゆる安倍派幹部「5人衆」が、岸田内閣および党執行部から姿を消すことになる。

岸田首相が火消しに追われる一方で、東京地検特捜部が全容解明に向けて動き出した。臨時国会の閉会(12月13日)を待って、“裏金化”に絡んだ疑いがある安倍派議員および幹部の事情聴取を進めるとみられる。

特捜は「最強の捜査機関」の異名を取り、直近の約4年間で8人の国会議員を汚職で立件してきた。この8人の所属政党は、立件時点で「7人が自民党、1人が公明党」と全員が与党議員だった。今回の件においても、国会議員をターゲットに「忖度なき捜査」を展開するだろう。

japan's prime minister fumio kishida replaces his cabinet ministers in political fundraising scandal
Tomohiro Ohsumi//Getty Images
2023年12月14日、政治資金スキャンダルに関与した4人の最大派閥「清和政策研究会」の閣僚からの辞表を受けて、新任の林芳正官房長官(右)と岸田文雄首相(左)が首相官邸で記者会見を行った。

振り返れば、「ロッキード事件」「リクルート事件」「佐川急便事件」など、検察と政党政治の闘いは延々と続いてきた。筆者にとって特に印象深いのは、2008~09年に発覚した「西松建設事件」だ。準大手ゼネコンの西松建設が、自民党や民主党などの大物政治家に違法な献金をしていた事件である。

西松建設事件が問題視され始めた当時、自民党・麻生太郎内閣の支持率が急落しており、民主党政権への交代が期待されていた。政権交代が実現した場合に、首相就任の可能性が高いとみられていたのは、民主党の代表を務めていた小沢一郎氏だった。

そして09年3月、特捜による西松建設事件の捜査が政界に及んだ。その結果、小沢氏の資金管理団体事務所などに家宅捜索が入り、公設第一秘書が逮捕された。この問題による党内の動揺を受けて、小沢氏は09年5月に民主党代表を辞任した。

周知の通り、09年9月の総選挙で民主党は大勝利を収め、政権交代を果たしたが、首相の座を射止めたのは鳩山由紀夫氏だった。夢破れた小沢氏は党幹事長に就任し、英国流の統治機構改革や党政調会の廃止などに、その剛腕を振るおうとした(本連載の前身「政局LIVEアナリティクス」第38回)。

だが10年1月、小沢氏の側近・石川知裕衆議院議員(当時)を含め、秘書3人が政治資金規正法違反容疑で逮捕された。小沢氏本人は嫌疑不十分で不起訴処分となったが、世論は許さなかった。ある市民団体が不起訴を不服として、小沢氏を検察審査会に告発。結局、小沢氏は民主党幹事長を辞任した。

小沢氏は強制起訴された後に無罪判決となったものの、この政治史に残る事案の裏側で、「最強の捜査機関」が「忖度なき捜査」を展開したことは言うまでもない。

「最強の捜査機関」こと特捜に
「10年の空白期間」がある理由

ところが特捜は石川氏の逮捕以降、長きにわたって沈黙する。IR・統合型リゾート施設事業を巡る汚職事件で、秋元司内閣府副大臣(当時)が19年12月に逮捕されるまで、10年ほどの「空白期間」があるのだ。

空白が生じた理由は、自民党が政権を奪還し、故・安倍晋三氏が二度目の首相就任を果たして以降、うまく検察を抑え込んでいたからだ――という指摘がある。安倍政権下で「検察コントロール」のキーマンとなったのは、菅義偉官房長官(当時)だとみられる。

政治資金,裏金
Buddhika Weerasinghe//Getty Images
菅義偉氏が官房長官時代の2014年12月10日、姫路市で行われた自民党の選挙集会にて。

菅氏はこの頃、毎年約10億~15億円計上される官房機密費や報償費を扱える立場にあった。内閣人事局を通じて、審議官級以上の幹部約500人の人事権を振るうことも可能だった。菅氏は官邸に集まるヒト、カネ、情報を一手に集め、絶大な権力を掌握していたといえる。

さらに、菅氏は官邸記者クラブを押さえてメディアもコントロールし、官邸に集まるありとあらゆる情報を管理したとされる(ダイヤモンド・オンラインでの本連載第253回・p4)。特捜が動く前に、政権を揺るがしかねない政治家のスキャンダルを「握りつぶす」ことが可能だったのだ。

「黒川元検事長の定年延長」
問題で特捜の恨みが増幅?

結果的には発覚したが、「森友学園」「加計学園」「桜を見る会」をはじめとする問題も、証拠の隠蔽・改ざん・虚偽答弁が繰り返され、全容解明までに時間を要した。その裏側でも菅氏が暗躍していたことは想像に難くない。

そうした安倍内閣における「権力の私的乱用」のうち特に問題だといえるのが、20年1月31日に下された「黒川弘務東京高検検事長(当時)の定年を6カ月延長する閣議決定」だ。この黒川氏も、菅氏に近かったとされる。

桜を見る会
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※写真はイメージです。2019年4月13日に東京・新宿御苑で行われた観桜会に出席した故・安倍晋三元首相。

当時、「桜を見る会」について、高級ホテルで行われた前夜祭の会費が不当に安価だったことなど、不審な点が次々と判明していた(同・第266回)。河井克行元法相・河井案里参院議員による、19年の参院選広島選挙区を巡る「大規模買収」疑惑も深まっていた(後に、共に逮捕・有罪)。河井案里氏の参院選擁立も、菅氏が強引な形で進めたものだった。

黒川東京高検検事長の定年延長は、これらのスキャンダルを抑え込むために、安倍内閣が強引に進めたものだとみられる。

しかし結局、“賭けマージャン疑惑”で黒川氏は東京高検検事長を辞任(20年5月)。同年9月には安倍氏が首相を退陣した(同・第252回)。その後首相となり、立場が変わった菅氏は、「桜を見る会」問題に関して特捜が安倍事務所の事情聴取に入っても、官房長官時代のように抑え込むことはできなかった(同・第260回)。

そうした経緯もあり、安倍氏がこの世を去った今、特捜は再び自由に動ける状況となった。今回の「安倍派パーティー券問題」においても、安倍派をターゲットにして徹底的な疑惑追及を行う可能性が高い。それはかつて、息のかかった人物を東京高検検事長に残そうとするなど、人事にまで介入してきた安倍政権への“復讐”のようにもみえる。

キックバックを懐に入れる
政治家を 国民が
信頼するはずがない

「桜を見る会」の狂騒と同じように、安倍派が政治資金パーティーを開けば、多くの組織、団体、個人がつながりを持って利益を得ようと寄ってくる。予定以上の資金が集まると、内輪で分け合うことも可能となる。

その誘惑に負けて、資金を自らの懐に入れる――。横領だと断罪されても仕方がない行為だが、安倍派議員には「誰も権力に逆らって告発できない」というおごりがあったのだろう。そのおごりを、今の特捜は許さないのではないだろうか。

筆者はかねがね、政治家はおごらず、謙虚でなければならないと主張してきた(同・第176回)。政治家が国民の信頼を失うと、国家が本当の危機に陥ったときに指導力を振るうことができず、国益を損ねてしまうからだ。特に「有事」の際に、政治家が国民に信頼されないならば、国家の危機を招くことになる。

japanese ten thousand yen note
itasun//Getty Images
※写真はイメージです。

端的に言えば、台湾有事や北朝鮮のミサイル開発の危機にさらされる日本では、岸田首相が防衛費を増額し、安全保障体制を構築しようとしてきた(同・第320回)。だがあきれたことに、保守派として安全保障体制の充実に取り組んできたはずの安倍派がスキャンダルにまみれている。その状況下で、誰が自民党による安全保障政策を支持するのだろうか。

政治家は強い権力を持つからこそ、何をしても許されるものではない。その扱いには慎重であるべきだ。パーティー券収入のキックバックを自らの懐に入れる政治家たちが立案した政策に、国民が耳を傾けるはずがない。

厳しい状況下に置かれた岸田首相は、自ら岸田派(宏池会)を離脱し、派閥会長も退くことを表明した。「ピント外れ」との批判もあるが、少しでも国民からの信頼を回復しようと苦慮した末の決断なのだろう。その岸田首相には、安倍派幹部「5人衆」が去った要職の後釜に、権力を笠に着て金銭を得ようとしない「謙虚な人物」を据えることを望みたい。

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