世の中には、多くの人が同意する事実というものがあります。例えば「紅茶はビスケットに合う」、日本なら「玉露は塩せんべいに合う」というのも、互いにその一つと言えそうです。その他に「イギリスの天気は、『曇りときどき雨』という予報だったとしても決して当てにならない」というのもあるでしょう。

そしてファッションに関しては、「2歳以上の人なら、ワードローブの中に必ずデニムがある」ということが挙げられるのではないでしょうか。デニムの種類については必ずしも意見は一致しないかもしれませんが、ウォッシュド、フィット、ライズなどそれぞれに自分好みのタイプがあるはずです。

そしてデニムには、定番たる理由があると言えます。その普遍性は素材としての歴史だけでなく、過去100年のポップカルチャーや政治運動の中に常に存在し変遷してきたという事実と大きな関係があると言えるでしょう。

さらデニムには今、あるバイブシフト(文化的トレンドの変化)が進行しています。2023年は、普通のスタンダードなジーンズが主役というわけではなさそうです。新たなフィットやウォッシュ加工、製造方法の登場が、デニムという昔ながらの素材に新鮮な息吹を与えています。

ジャスティン・ティンバーレイクにとってもはや忘れたい過去とも言える、あのレッドカーペットでのデニム・オン・デニムの装いは別として、デニムは歴史的にカジュアルな素材とみなされてきました。しかしこの1年ほどは、各授賞式のシーンでもブラックタイのルールに縛られることなく、デニムを着用した姿も見られるようになっています。

オーストラリア人俳優のコディ・スミット=マクフィーが2022年のメットガラ(毎年5月の第1月曜日にニューヨークのメトロポリタン美術館で開催される世界最大規模のファッションの祭典)で着用していたデニムは、一見、普通のライトウォッシュジーンズのように見えましたが、そうではありませんでした。

このルックはボッテガ・ヴェネタのクリエイティブ・ディレクターであるマチュー・ブレイジーが自らのビジョンに基づき、レザーで仕立てたもの。つまり、デニムプリントのレザーパンツだったというわけです。厳密に言えば、これは“デニム素材”ではありませんが、デニムに見えるのですから「デニムではない」とは言えないでしょう。

また、2023年のグラミー賞授賞式でR&Bシンガーのミゲルが選んだのは、ディーゼルのオールデニムスタイル。バイカージャケットを『スターウォーズ』のジェダイのマント風にアレンジしたフード付きケープに、ワイドレッグのローライズボトムとブーツというコーディネートでした。

Z世代の人気ブランドとしての復活を遂げた新生ディーゼルは、クリエイティブディレクターにグレン・マーティンスを迎え、商業的な成功だけでなく評論家にも好評を得ており、バランスの取れたブランドになっています。

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Neilson Barnard//Getty Images
グラミー賞の受賞式に登場したR&Bシンガーのミゲル。

イギリスでは、ロンドンを拠点に活動するラッパーで俳優でもあるロイル・カーナーが、ディオール(Dior)とトレマイン・エモリーよるカプセルコレクション「ディオール ティアーズ(Dior Tears)」のデニムセットアップでブリット・アワードに出席しました。

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Karwai Tang//Getty Images
ブリット・アワードに登場したラッパーのロイル・カーナー。

「トレマイン・エモリーのストーリーテリングはパワフル」と語るのは、スタイリストのザハラ・アズマイルです。彼女は、カーナーのスタイリングが生まれた背景について次のように話しています。

「ディオール ティアーズは、アメリカで人種差別が激しかった1950年代に欧州で賞賛されていた黒人のアーティスト、クリエーター、ミュージシャンに敬意を表したものです。こうした人々が今日のクリエイターたちのために道を切り開いてきたのですから、このような場にはまさにふさわしいのではないでしょうか」

カーナーは、ディオールのシグネチャー柄である「ディオール オブリーク」のモノグラムプリントの上にリース型のピースサインがプリントされたジャケットを、ラスタカラー(赤、黄、緑)のストライプニットの上に重ねたスタイル。アズマイルは次のようにも話します。

「デニムは、文化的に重要な意味を持つ万能な素材です。カウンターカルチャーを表す素材として、政治的な象徴としての役割を担っただけでなく、ファッション業界を形づくっている今日のトレンドの一部でもあるのです。このような背景から、政治的な観点からも、デニムは私たちが生きている時代を反映するものとして復活を遂げているのです」

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ですが、デニムが環境にもたらす非常に大きな影響を認識せずに、文化への影響力を強調することはできません。

リーバイ・ストラウス社の調査によると、「ジーンズの原点となったモデル『リーバイス501』1本をつくるのに3781リットルの水を使用し、生産過程で33.4キログラムのCO2が発生する」と言います。またデニムの主原料である綿は、農地全体の2.5%を占め、殺虫剤の過剰使用により生産農家が農薬中毒になる危険もあります。さらに染色の際に使用される有害化学物質は、水で洗われ排水として流されると、人間や地球にとって危険なものです。

ファンの多い「ディストレストデニム」も、ジーンズに古びた風合いが出るまで砂を吹きつけてつくられるため、その過程で労働者の健康被害リスクが発生します。また、ジーンズを工場から店舗、最終的には顧客へと配送する際に発生するCO2排出量も忘れてはなりません。

幸いにも、徐々にですが古い生産方法は革新的で環境に配慮した技術に転換されつつあります。例えば、イギリスのアパレルブランド「パンゲア(Pangaia)」は独自に開発した地球に優しい生分解性素材や廃棄物からつくった素材などを用いて、タイムレスなデザインの製品をつくっており、ロックダウン(都市封鎖)下では人々の消費支出をこのルームウェアに向かせたことで一躍注目されました。

アメリカのテキスタイル企業「エヴァニュー(Evrnu)」との最新のコラボレーション商品である「レヌ ジャケット」は、全てニューサイクル(製造段階での廃棄生地と消費者による廃棄衣料からつくられた繊維)でつくられた初めてのデニム製品です。この素材の製品は最高5回までリサイクル可能で、バージン繊維と混ぜる必要もないため、最終的に埋立ゴミの排出抑制につながると言います。

このような素材はもちろん必要不可欠ですが、デニムの環境的な影響を軽減するために常にとるべき最良の選択肢は、既に製品化された資源を利用することです。ここ数年、そのような哲学に基づいたブランドが出現し、廃棄されたデッドストックを利用してモダンなデザインの製品を生み出しています。

イーストロンドン発のブランドであるイーエルヴィーデニム(E.L.V.Denim)は、消費者に廃棄されたデニムを見事に接ぎ合わせた製品をつくっています。最近では、特定の体型やニーズに合わせたメンズラインも発表しました。リダン(RE/DONE)も同様のブランドですが、こちらはLA発。最近ではメンズウェアの展開も始まりました。

デニムスタイル
re/done
RE/DONEのメンズウェア
デニムスタイル
re/done
RE/DONEのメンズウェア。

RE/DONEの共同設立者でヴィンテージ愛好家のジェイミー・マズールは、次のように語っています。

「私のような人間が求めるタイプの製品は少ない、ということに気づいたのです。気に入っているデザイナーズブランドとヴィンテージを復刻するブランドはたくさんありますが、それぞれの感性の両方を兼ね備えたブランドはなかなかありません」

こうしたタイプの製品を選ぶことの魅力は、一つとして同じものはつくれない製法によるオリジナリティだけでなく、その丈夫さにもあります。何十年も前に生産された生地でも、現在着る人のニーズに合わせて手を加えることができます。ただ、昔から浸透しているクラシックなスタイルが、今もなお好まれているということも多いのです。

「特に誕生から3年以内のリーバイス501が気に入っていますが、ご想像のとおり、見つけるのはかなり困難です」と語るマズールや、多くの愛好家は「リーバイス501は何物にも代え難い存在」と言います。この製法であれば、新しい素材を使ったり古いモデルを大きく変えたりすることなく501のフィットを再現することができます。

マズールによれば、「アップサイクルなら、ヴィンテージデニムのすばらしい個性と品質を損なうことなく、好みのシルエットが手に入る」ということ。耐久性だけでなく、自分好みのデザイン性まで永久保証された服は、そう多くはないでしょう。

スキニージーンズの再流行や靴の生地への採用などトレンドについて触れるまでもなく、デニムが人々の生活に深く根づいていることは明らか。また、環境にやさしい生産技術によってデニムの生産方法は進化しており、ファッション業界全体のサステナビリティ(持続可能性)向上にも一役買っているはず。デニムはもっと注目すべき素材ではないでしょうか。

Source / ESQUIRE UK
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。