かなり左寄りで、一部では悪評が立っているとも言える映画業界、ハリウッドはリベラル派(社会的公正や多様性を重視する自由主義)を批判することにも遠慮がありません。過去数年間で、映画『The Hunt(邦題:ザ・ハント)』や『Saturday Night Live』を代表に、多くの映画やTV番組が製作されています。

それらはミレニアル世代の選ぶ飲み物から、白人系オバマ支持者の中の特定人種差別、IFCで放映されるTVコメディドラマ「Portlandia」シリーズではオレゴン州ポートランドを舞台に愛情とともに笑い飛ばしています。それは揶揄や嘲笑と言うより、理解を促す感覚と言っていいでしょう。まあ、これは公平とも言えます。歴史的に言えば(比較的に)正しい側にいるからといって、馬鹿げた行動が許されるわけではありません…というところがポイントです。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
When You Finish Saving The World | Official Trailer HD | A24
When You Finish Saving The World | Official Trailer HD | A24 thumnail
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『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)のマーク・ザッカーバーグ役を好演し、その名を世界的にした俳優ジェシー・アイゼンバーグ。彼がこのたび監督デビュー作として公開した『When You Finish Saving the World(邦題:僕らの世界が交わるまで)』のように、善意的なリベラルの欠点を問う作品はそうないでしょう。

今作は、DV被害に遭った人々のためのシェルターを運営し、社会奉仕に人生をささげるエヴリン(ジュリアン・ムーア)と、ネットのライブ配信で人気者となっている高校生の息子ジギー(フィン・ウルフハード)の物語。この親子の関係性と他者との関わり方でつむいでいく中、エヴリンはシェルターで過ごすティーンの男の子に母親らしく接しようとし、ジギーは同じ学校の学生活動家を口説こうとします。

時折笑いを誘うものの、この映画は真面目で地に足の着いたアプローチで差別化を図っています。アイゼンバーグの巧みなジャブ(風刺)が含まれた描写は、単なるオチとしてではなく、彼ら彼女らを真の欠点を持つ実在の人物のように見せてくれるのです。

この映画の誠実さは、アイゼンバーグ自身の経験と葛藤に満ちたアイデンティティによるところが大きいのでしょう。彼はジギーと同様に、リベラルな家庭で白人として恵まれた環境で育ち、高校時代には社会正義活動家と恋に落ちたそうです。

そして20年にわたる俳優としてのキャリアの中で、彼自身は社会的な富と名声を得る中、彼が恋に落ち、やがて結婚した女性のキャリアはほとんど無視されてきたことを目の当たりにしてきたのです。

「自分のしていることの価値と、妻のしていることの価値との折り合いをつけるのに苦労しています」とアイゼンバーグは言います。

彼女はNYの公立学校で障害者の正義と可視性を教えていて、とても素晴らしい人だ

もちろん、アイゼンバーグは素晴らしい俳優です。上のコメントに、偽善めいた謙遜とは思えません。彼のキャリア全体を通してみれば、ある特定のテーマが繰り返されているのがわかるでしょう。それは「権力」「傲慢(ごうまん)」、そして、アメリカでの生活で起こりうる特有の「不公平」です。

インタビューでは、「なぜ彼が傲慢なキャラクターに引き寄せられるのか?」 そして、「もしも(アイゼンバーグにちょっと似ている)起業家・投資家のサム・バンクマン=フリード(※1)の伝記映画が製作されることになって、主役としてのオファーが届いたらどうするか?」 も訊(き)きました。

※1 元ビリオネアで、暗号通貨取引所FTXと暗号通貨取引会社アラメダ・リサーチの創設者兼CEOであった。FTXは2022年末、FTXのネイティブ暗号通貨であるFTTが暴落、アラメダ・リサーチの業務を縮小すると発表。FTXのCEOを辞任し、連邦倒産法第11章の適用を申請し、同年には詐欺罪で逮捕。2023年、顧客や出資者に対する詐欺など、七つの起訴容疑すべてにおいて有罪が認定された。


『僕らの世界が交わるまで』は、僕がリベラル派の偽善行為をよく知っていることを反映することができました

2024年1月19日(金)全国公開『僕らの世界が交わるまで』
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――『僕らの世界が交わるまで』の批評的でありながら風刺的になりすぎないトーンについて、キャストとスタッフの間でどのように意見を一致させましたか?

ジェシー・アイゼンバーグ(以下アイゼンバーグ:俳優としては、物語の中で駒のような役割を果たすこともあるのですが、そういった役を演じることに僕は反感を抱いています。それは、本来の俳優としての役目ではないと思うからです。僕はキャラクターを描く際は、自分と同じ感覚をなるべく持たせるようにしています。私が考えるキャラクターは、お決まりのよくあるものだったり、既存のアイディアをコピーしてつくるなんていうことは決してしません。今回の作品は、僕がリベラル派の偽善行為をよく知っていることを反映することができました。

この映画はもともと、オーディブル(オーディオブックコンテンツ)のために書いたプロジェクトで、小説になるくらいの文量で本を書いて、それをオーディオとして再生すると6時間にもおよびました。そして僕は、登場人物の視点で書き始めました。それもあって、登場人物は僕のイデオロギーの単なる代役になることはなく、等身大の人間として描くことができました。

ジュリアン・ムーア
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――私の育った環境にも、ジュリアン・ムーアが演じるエヴリンというキャラクターと似たような人がいました。どのような演技指導をしましたか?

アイゼンバーグ:このキャラクターは、興味深い思考を持つ人物です。教養があり、食べ物、音楽、芸術において洗練された好みを持っている一方で、心の底からの善意で社会奉仕に人生をささげています。つまり、彼女は机上だけの学者ではなく、実際に現場にいる人間なのです。本当に必要な人々のために毎日働いている一方で、夜は文化的な趣味をたしなみ、知識豊富な生活を送る…というこの対比は、非常に興味深いところでもあるんです。

ジュリアンは、僕が書いたことを本能的に理解してくれましたね。彼女は本当に素晴らしい役者です。実際の彼女の母親が、ソーシャルワーカーで非常に賢かったということもあるんじゃないかな…。彼女はエリート文化の中に足を踏み入れながら、もう一方では社会奉仕を行い人々を助けるという、この皮肉な側面を理解していたんだと思います。

人の成長に大切なのは鎧や傲慢さすら崩れ去るほどに粗末な瞬間かもしれない

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――ジギーとエヴリンの親子は、お互い離れたことで初めて成長することができました。人生で成長するにあたって、自分をよく知る人たちと距離を置くことは大切だと思いますか?

アイゼンバーグ:人によってなので、何が最善かは僕には答えることはできませんが…。ドラマでは、「登場人物の鼻を折ることが効果的だな」と感じることが多くて。僕が俳優として演じることにやりがいを感じるのは、自分の鎧(よろい)や傲慢さすら崩れ去るほどに粗末な瞬間なんです。同作でジギーは、彼の母親と似たようなステータスの社会活動家にアプローチして、エヴリンはシェルターにいるジギーと同世代の少年の母親のように振る舞います。二人はそれぞれうまく関係を築けず空回りして、相手から拒絶されて…。その屈辱が母親として、息子として、自分たちを見直すきっかけとなっていくのです。

――これまで俳優としてやってきて、一緒に仕事をしてきた監督から取り入れたいと思うこともきっとあるんじゃないですか。

アイゼンバーグ『人生はローリングストーン』(2015年)というこれもまたA24(※2)製作作品で、僕がタクシーを拾うシーンがあったんです。これを言ったら、「俳優ぶっちゃって」って思われるかもしれないですが、僕は監督に「一体このシーンは、どういう意味があるのですか、 なぜこれを撮るのか、 なぜタクシーに乗るのか、教えてもらえます?」と質問をしたんです。そこで監督はただ、「黙ってくれ、そういうシーンなんだよ」と言えばよかったのかもしれませんが、こう伝えてくれました。

「もしタクシーに乗れなければ、君は面接に遅れるんだ。面接を受けられなければ、作家として、ジャーナリストとして失格だと証明されるシーンなんだ」って…。

その流れを聞いて僕は「そういうことか!」と理解し、全力でタクシーを捕まえました。それは鮮明に覚えています。監督はただ「黙ってタクシーに乗れ」と言うのではなく、実際に役者の視点に合わせて、やるべきことを的確に教えてくれた。彼は僕が抱えているものに対する、素晴らしいリスペクトと感受性を持ってくれていたのです。だから、私がこの映画の責任者としてクルーと話し合う必要が出たとき、クルーが何に懸念を抱いているか?を理解しようとしました。単に私の型に嵌(は)めるのではなく、彼らを理解しようとしました。

※2 2012年に設立されたアメリカ・インディペンデント系エンターテインメント企業。『僕らの世界が交わるまで』もA24製作です。

もし世界について教えてくれる人に出会う幸運があれば、それは生かすべきです。特にその人とデートしたい場合はなおさらね

『僕らの世界が交わるまで』
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――たとえ、それが間違った理由であったとしても、ジギーは世界で起きている重要なことについて学びたいと思っています。が、どこから学ぶべきなのかわかりません。複雑なトピックについて学びたいけれど、何から始めたらいいのかわからないという人へのアドバイスはありますか?

アイゼンバーグ僕の場合、初めての海外渡航は妻と付き合い始めた頃だったんです。彼女はクリスマスにベネズエラに行くと言っていたので、僕は「どこそれ?どんな感じなの?なぜ行くの?」と尋ねたんです。そうすると妻は、「ベネズエラで起こっている政治的な状況に興味がある」と答えたんです。僕はそれを聞いて、怖くなったんです。だって僕は、ニュージャージーの郊外で生まれ育って海外に出たこともなく、ベネズエラがどこか知らなかったのですから。それで自分が、とても守られている身分だっていうことに気づいたんです。

僕は彼女を愛していますし、結局、2人でベネズエラに行ったんですが、新しい環境に身を置くという居心地の悪い経験は僕の人生を変えました。それで帰国して、最初にしたことは地図を買って壁に貼り、世界のニュースを読み始めました。そんな経験もあるので、僕からのアドバイスはありません。なぜなら、あなたが学びたいと思うのなら、20年前の僕のようにならないといけませんので…。ただ、この経験から得たものは、もし世界について教えてくれる人に出会う幸運があれば、それは生かすべきということです。特に、その人とデートしたい場合ならなおさらですね。

『僕らの世界が交わるまで』
Photo Credit: Karen Kuehn

――この映画でジギーとエヴリンは、それぞれ異なる形で傲慢でナルシスト的ですよね。あなたが例えば、『ソーシャル・ネットワーク』や『イカとクジラ』、『ゾンビランド』など、過去に演じてきた多くの役も同じような特徴を持っていますが、このようなキャラクターにあなたが導かれる理由があれば教えてください。

アイゼンバーグ賢いキャラクターを見ると、もう少し寛大な行動をとることができる知性を持っているにもかかわらず、なぜその人物はそう振る舞っているのか? 気になるでしょう。そういう人々のことを考えると、刺激を受けます。彼らは何から隠れ、何を隠しているんだろう?とね。

この映画の場合、理由ははっきりしています。エヴリンは非常に独断的な倫理観をつくり上げて、それを実践しています。そんな彼女の盲点は、息子という存在を生み出したことなんです。息子は、彼女が良い人生を与えてくれたおかげで、お金のためにネットで薄っぺらい音楽を演奏することに情熱を見いだしています。そして彼女は、自分が産んだ子どもが彼女の最悪の悪夢にとって変わってしまったことに耐えられない状態でもあります。悲劇的な状況なのです。息子のほうは知的な環境から抜け出せず、しかも、その環境から拒絶されてしまっています。彼は、小さなコミュニティの人々だけを助けている母親の社会活動をただ無視するだけではなく、軽蔑するようになります。なぜなら、一方で彼は2万人ものネットユーザーにリーチしているから…。こうしたキャラクターを探求することは、とても興味深いことです。俳優として簡単に共感を呼ぶキャラクターを演じることもできます。ですが、それでは心理的経験の深さを感じることまではできませんので…。

出来上がった作品よりも、ただ演じる瞬間にワクワクすることのほうに関心があります

celebrity sightings in new york city august 22, 2023
NDZ/Star Max//Getty Images
アイゼンバーグは2023年8月にハリウッドの俳優組合のストライキにも参加しています。

――サム・バンクマン=フリードのスキャンダルが映画やテレビ番組になるという話があります。あなたがナルシシストのキャラクターに興味を持っていることを考えると、あなたが起用されることもあるかもしれませんね。ちなみにこの話に興味はありますか?

アイゼンバーグ僕も他の人と同様に、それについて読み、興味と恐れを持ちつつ安心もしました。私は暗号通貨を買えるほどに精通していないので…役を演じるという点では、アーロン・ソーキンのような監督の手によって、うまく演じることもできそうですし、逆にとても安っぽくなる危険性もありますよね。

実際の話がどれほど面白くても、それをうまくドラマ化できなければ意味はありません。ですが、これは明らかに魅力的な題材ですよね。僕が仕事をした作品で、ある女性がずっと私に暗号通貨を買うようにすすめてきたので、暗号通貨のウェブサイトにアクセスしてみましたが、うまく操作ができず諦めました。それはメインの取引所だったので、彼のウェブサイトだったに違いありません! その晩、どうやって使うのかを調べる時間が十分になかったことを、今では感謝してます。

――これまでのあなたのフィルモグラフィーを見ると、実績の少ないつくり手と仕事をすることについて、オープンな人のように感じます。そういった人と仕事するときの決め手は?

アイゼンバーグ私が最初に出演した映画は『Roger Dodger(原題)』で、監督のディラン・キッドはそれまで映画をつくったことがない新人でした。ですが、それは俳優として経験してきた中で最も素晴らしい経験となりました。

この映画は評判も良く、演じた役は面白く、他の俳優たちも素晴らしかったです。そして、若い人たちと一緒に仕事ができたのは本当に幸運なこと。例えば、僕が最近出演した作品で好きな一本は、ライリー・スターンズ監督の『恐怖のセンセイ』です。彼は本当に素晴らしい脚本を書いたと思います。

彼は他にも良い映画をつくってきましたが、これもまた僕にとっては理想的な経験になりましたね。いろいろな映画製作チームと仕事をしてきましたが、常に素晴らしいとは限りません。僕は自分が出演した映画は観ないので、本当に単に自分が経験すること、どのキャラクターを演じ、何を感じるかに焦点を当てています。だから、出来上がった作品よりも、ただ演じる瞬間にワクワクすることのほうに関心があります。

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FX
アイゼンバーグは、ドラマ『バツイチ男の大ピンチ!』(2022年)で主演を務めた。

――最近、あなたは『バツイチ男の大ピンチ!』で主演を務めました。このドラマは結婚や子育てがテーマのドラマでしたね。同作出演をきっかけに、家族について何か考えるきっかけになりましたか。また、街でその結婚や離婚について見知らぬ人たちに話しかけられたことはありますか?

はい、ありますね。離婚の話をたくさん聞きました。そして、このテレビシリーズと本を執筆したタフィー・ブロデッサー=アクナーのもとには執筆後、よく人が会いに来ては「ちょっと待って、これは私の人生について書いたものですか? 私の離婚を知っていたのですか?」と言われるらしいです。

おそらくこの作品は、視聴者のリアルに直接訴えかけることができたからでしょう。僕は今、俳優としてその経験をしています。多くの人が僕に、彼らも非常に似たような経験をしたと話してくれます。 だから最近、僕は人の離婚話をよく聞くようになりました。

映画『沈黙のレジスタンス~ユダヤ孤児を救った芸術家~』(2020年)ではパントマイムをしたことがあるのですが、「大学で、どのようにしてパントマイムを学んでいましたか?」って聞いてくる人もいました。アニメ映画『ブルー 初めての空へ』(2011年)で鳥役になった日には、飼っているオウムの話をたくさん聞きましたね。すごく奇妙なことでしたね。

Translation /Miki Chino
Edit /Minako Shitara
※この翻訳は抄訳です。

From: Esquire US