宇宙での生活は、人に変化をもたらすことでしょう。ですが、思っているほど大きな変化ではなさそうです…。

 NASAが行う「双子研究」は、一卵性双生児であり宇宙飛行士であるスコット・ケリー氏とマーク・ケリー氏の兄弟を対象に、スコット氏だけが宇宙に1年間滞在して兄弟を比較することで、宇宙が人体に与える影響を観察するというものになります。

 科学者たちは「引き続き調査が必要だ」としたうえで、「双子研究」の結果は人類の長期宇宙滞在のための希望の光をもたらすことになりそうです。
 

宇宙と地球に別れた兄弟

 一卵性双生児を研究対象とすることは、研究者たちにとって大きな意味を持ちます。同じ遺伝子を持つ2人を比較することで、周囲の環境が与える影響をより正確に判断することができるからです。

 スコット氏は2015年からNASAのミッションに参加し、ロシアの宇宙飛行士ミハイル・コルニエンコ氏とともに国際宇宙ステーション(ISS)に340日間滞在しました。一方、マーク氏は地球に留まり、マーク氏の数値と比較することで、長期滞在がスコット氏の体にどのような変化を与えたかを調べたわけです。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
NASA study reveals gene changes between twin astronauts
NASA study reveals gene changes between twin astronauts thumnail
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 調査は大規模なもので、10もの研究チームがケリー兄弟の微細な生理的変化にまで注目し、エピジェネティクス(DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するシステム)から遺伝子発現まで、ありとあらゆる項目を検査しました。

 スコット氏は、2016年に地球に帰還していました。ですが、その分析に時間がかかったようで、NASAはこのたび、ようやく『サイエンス』誌に調査結果のデータを発表する運びとなったわけです…。

 もちろん、結果を判断するうえで気をつけなければいけないのは、今回比較したのはたった2人であって、大きなサンプルサイズではないという点です。また調査範囲も、限られていました。スコット氏が滞在したのは、地球の軌道にあるISSですので…。

 ISSは、地表から約330〜435キロメートルの位置で軌道を回っています。これは危険なヴァン・アレン帯よりもずっと地球に近く、地球から遠く離れると避けることのできない放射線の影響も受けることのない空間でのことです。もし火星に行くとしたら、ISSにいたケリー氏が浴びた放射線の8倍もの量を被ばくすることになるわけですので…。

 それでも、この調査は大きな一歩と言えるのです。

 「研究者として、この調査は素晴らしい道のりでした」と、エピゲノミクス研究チームの主任研究員であり、メリーランド州バルチモアにあるジョンズ・ホプキンス医学校の特別教授アンディ・フェインベルク博士は記者に対しての電話会議でコメントしています。

 そして、ボストーク1号がユーリ・ガガーリンを乗せて大気圏外に到達してからもうすぐ58年になることに触れ、この研究を「宇宙における、人類におけるゲノミクスの夜明け」だと表現しました。
 

宇宙が人体に与える影響

 スコット氏の体には宇宙での滞在によって、目に見えて変わったことはありませんでした。老化速度に変化はありませんでしたし、生物学的には地球に帰還してすぐに元の状態に戻りました。

 これは「宇宙に行けば、老化が遅くなる」と考えている人たちには、「がっかりする結果だったでしょう」と言ったのは、コロラド州から参加したスーザン・ベイリーさんです。

 ベイリーさんが主任研究員を務めたチームは、「テロメア」と呼ばれる染色体を保護する役割を担う細胞部を調査していました。スコットさんの免疫システムは正常に機能していたため、「ワクチンは地球上にいるときと同じように宇宙でも有効だ」という可能性を高めたことになります。

 ベイリーさんがワイル・ラボから参加したケリー・ジョージ氏と行った調査では、NASAにとっても驚くべき発見もありました。

 「テロメア」は年を取るとともに短くなる傾向にあるのですが、スコット氏のテロメアは宇宙にいる間、「著しく伸びていた」というのです。しかしながら地球に帰還して2日で、元の長さに戻ってしまいました。

 染色体の先端についている「テロメア」は、科学が未だ解明しきれていない癌と複雑な関係を示しているのです。極度に短い、もしくは長い「テロメア」を持っていると、癌のリスクが高いという研究結果も出ているのです。

 スコット氏の伸びた「テロメア」が何を意味するのか?…それを結論づけるには時期尚早です。が、この「テロメア」の存在は非常に興味深いものと言えるでしょう。

 また、スコット氏の遺伝子発現(いでんしはつげん)にも変化が見られました。遺伝子発現とは、DNAにコードされた情報がタンパク質のような機能的産物に変換されるプロセスのことを言います。NASAによるとスコット氏の体は、スキューバダイビングのような、強いストレスを感じる状況に対するものと似た反応を見せたそうです。

 しかしながら、遺伝子発現の変化の7%は、地球に戻ってからも通常状態へと戻ることはなかったのです。これらの変化は、“非常に小さい”ものだとしながらも、「スコット氏の免疫システム、DNA修復、骨形成ネットワーク、低酸素症や高酸素ガス血症に関連する遺伝子の長期的な変化が起きた可能性がある」と、NASAのプレスリリース内につづっています。
 

科学の未来

 この研究内容はとても新しい分野に思え、実際研究者たちにとっても新たな領域だったと言っています。

 「このような調査には、正直慣れていません。通常は、他の研究者も同じ研究に取り組んでいると知りながら、誰よりも早く結果を発表するためにお互い競い合っているものです」と、フェインベルク博士は言います。
 
 フェインベルク博士によると、NASAと宇宙旅行について調べるのは、今までにない経験だったそうです。

 「私たちは皆、『自分たちが生まれる前に始まり、そして死んだ後もずっと続くであろうプロジェクトに参加しているのだ』と実感していました。研究者としてのエゴよりも、大義のために参加している気持ちでした」と、フェインベルク博士は話しています。

 しかし、どんなによくできた研究でも、科学的証明をするには1つの研究では十分とは言えないのです。「NASAは今後も1年、6カ月、3カ月のミッションを予定していますし、地上で同期間、被験者を隔離して調査を行うことも考えています。これまでの結果を実証できることを楽しみにしています」と、ベイリーさんは話しています。

 フェインベルク博士は、宇宙飛行士自身が自分のゲノム解析をできるようにしたいとも考えており、「実はそれはとても簡単だ」と博士は言っています。

 2016年、遺伝子配列の決定が宇宙でも可能であることが証明されました。「宇宙飛行士がより自発的に、柔軟に、技術的なことを自分自身でできるようにするのが、今後の研究にとってとても重要です」と、フェインベルク博士は最後にコメントしています。

 いつの日か、月軌道プラットフォーム・ゲートウェイのような宇宙ステーションで研究が行えるようになるのでしょうか…。

Source / POPULAR MECHANICS
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。